世界連邦埼玉県支部 | 山根りゅうじ


徒然に

孫との語らい一覧

2014.01.08
孫との語らい[Vol.35]

 私が床屋へ行くと言ったら朱里は一緒に行くというので、それならゲームを持っていくように勧めた。大鏡に移る朱里をちらちら見てケアーしていたが1時間おとなしく待っていてくれた。
 家に帰ってひとしきり遊んでやっていたが、急に「ジジ君は女の人に告白できなかったことがあるでしょう」と聞いてきた。[朱里が(告白の)やり方を教えてあげる]と言ってきた。ビックリして黙っていたら笑いながら、色々な愛の言葉を羅列してしゃべっていた。
 夜はお風呂に花実が既に入っていたので風呂場から私に声をかけてきて「一人じゃさびしいから大好きじゃないけどジジクン入って来ていいよ」というお誘いをうけた。湯船の中では「ジジ君はママのこと好きになっちゃたんでしょう」というので「ママはジジクンの子供なんだから気持ち悪いこと言わないで」と言ったら、大声でいつまでもケラケラと
笑っていた。

2013.12.23
孫との語らい[Vol.34]

 ジルの散歩であさきテニスへ行った帰り道、花美が自転車で倒れ膝子ぞを抱えて蹲っていた姿をみて朱里が「女は泣かない」と花美に声を掛けていた。花美も踏ん張り何とか泣かずに立ち上がってそのまま家にたどり着いたが、今度は犬のひもに足を引っ掛け朱里が玄関前で転んでしまった。私はすかさず「女は泣かない」と声をかけたら頷いたような表情で私を見つめた。今のところ、妹の朱里の方が気性は強いように見える。果たして成長とともに二人はどう変化していくのだろうか。

2013.12.22
孫との語らい[Vol.33]

 ジルの散歩の時、道中で与えるおやつ用の餌を予め少しけちって枝切りばさみで細かく私は切っている。それを真似て花美が餌を切っていたら美樹子が「枝切りばさみは手を切ったら危ないから、子供はつかっちゃだめ」といったそうだ。横で聞いていた5歳の朱里は「そんなに危ないなら最初から買わなければよかったじゃないの」とクールに言い放ったという。 

2013.12.21
孫との語らい[Vol.32]

 少し照れながら朱里が私にメモというか、手紙をくれた。私に手渡すと直ぐに居間から仏間に立ち去った。折りたたんだ紙をひろげてみると、「ジジ君嫌い でも抱っこしてね」と書かれていた。
 石田純一の娘さんすみれさんを取り上げたテレビ番組を花美と一緒にみた。複雑な家庭環境に育った彼女の生い立ちを食い入るように花美はみていた。両親との離婚という共通経験があるので私は「花美はパパのことどう思う」と思い切って聞いてみたら、「なんでそんなこと聞くの」と返され一瞬、言葉に詰まった。間をおいてからそれでも「テレビ(で表現している、すみれさんの気持ち)と同じ」と答えてくれた。

2013.12.20
孫との語らい[Vol.32]

 朱里が居間のソファーに座って私に聞こえよがしに「ジジ君のバカー」と言った後、「アーさっぱりした」と伸びをした。それから、食事中の私に纏わりついてなかなか離れようとしない。言葉と行為のこの錯綜が面白いと思う。この年ごろには、一家に一人のバイキンマンが必要なのだろう。
 一方、朱里はジルが大好きなのだが、今日は居間に置いてある犬小屋の中に入ってすでに寝入っているジルの脇に添い寝していた。

2013.12.18
孫との語らい[Vol.31]

 昨日、妻が朱里に「ご飯ができたよ」と声を掛けたら「不味いチャーハン食べさせられたから、食べられない」と答えたそうだ。その不味いチャーハンを作ったのはわたしであり、朱里には言いたい放題言われている。今日も夕食後、テレビをソファに座って見ているところ朱里と花美の頭を後ろから撫でたら「もう触らないでと言ってるでしょ」と強い口調で言って来た。花美が「爺クンは朱里のことが、好きで好きでしょうがないからベタベタしたがるんだよ」と言ってくれたが、朱里は無言だった。
 そのあと、台所で洗い物をしていると朱里が通りすがりに、わたしのお尻をポンと叩いていった。

2013.12.16
孫との語らい[Vol.30]

 幼稚園が休みなのでジルの散歩に一緒に出掛けた。1時間半のコースで朱里には少し長いコースではある。いつものように連光寺でお祈りをしていると朱里の姿が急に見えなくなった。お祈りの間、土堤の桜の枝にジルを繋いでおくので、そこにいると思ったが見つからない。結局、土堤の内側の緑の斜面に大の字になってすっかり眠ってしまっていた。この間、僅か5分程の事であった。天衣無縫というか、天真爛漫というか天然児というかんじだ。新河岸川を向こう岸に渡っての帰路、寒いからと言ってずっと私のパンツ(ズボン)のポケットに手を入れてきた。戯れて、時々拒否するとキャキャいっておいかけてきた。新河岸川左岸の遊歩道は斜面林になっていてその中を歩くのは爽快のはずだが、朱里は、「この道はお化けがいるからもう来ない」といった。
 奥入瀬と同じで、美しい故にここで何人かの自殺者が出ているのも又、事実である。わたしは何度か陀羅尼を唱えて歩いたりもしている。朱里には何か感じられるものがあったのだろうか。

2013.12.15
孫との語らい[Vol.29]

 朱里のベット脇の壁に3枚の張り紙が貼ってあった。1枚には<お母さんとママ、ジル大好き>もう一枚には<お兄ちゃん(叔父)まあまあ>最後の一枚には<爺クン嫌い>と書かれていた。メモを発見した時、史子と花美も一緒だった。私は、どうして?と改めて聞いたが、いつものように「チュウするから」との答えが返ってきた。花美は[本当は、恥ずかしいからなんだよ。爺クンの事が大好きなんだよ]とフォロウしてくれたが、私は朱里に「えー寂しいな 朱里のこと大好きなのに」と言ってあげた。朱里にとっては、最高の満足のいく私の反応だったことは、間違いない。花美には「わかっているよ 4年前の花美も24年前のママもそっくり同じことを言っていたから」と言おうとしたが、言葉を飲んだ。

2013.12.11
孫との語らい[Vol.28]

我が家の玄関に脱ぎ捨ててあった靴を自分の家の玄関に持っていくように朱里に言ったが、全く無視しているので強く叱った。それでも言うことを聞こうとしない。今度は、打つよと言ったがそれでも無視をきめこんでいるのでスリッパでお尻を3度ほど思いきり叩いた。漸く大声で泣きながら靴を運んだが、気性はなかなか頑固である。誰に似たのだろうか。
 昨日、映画<利休に聞け>を見てきた。海老蔵の演技は素晴らしかった。しかし、秀吉を軽々しく、侮蔑的に描いてしまっているのはいただけない。もっと重厚に描けばより利休を際立たせることが、できたろうにと思う。例えば、秀吉を團十郎や渡辺健にやらせるといった手もあったのではないか。秀吉像の作り方は難しいが、多くの作家に共通しているのは秀吉への侮蔑の思いである。

2013.12.10
孫との語らい[Vol.27]

朱里とジルの散歩へ行って来た。ハガキを投函するついでだったが、なんとか幼稚園から帰ったばかりの朱里をつき合わせるのに成功した。家に着くと足とお尻を洗うのも自分でやるのだと言って聞かないので、任せてみたら良い仕事ぶりだった。


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