世界連邦埼玉県支部 | 山根りゅうじ


徒然に

孫との語らい一覧

2016.09.04
大国のわがまま

 米中が温暖化対策の国際的枠組みとなるパリ協定の批准を発表したと大きく報じられた。本音を言えば何を今更、という思いで世界中の識者は見ているのではないか。京都議定書の時は世界中の専門家が汗みどろなってまとめ上げたものを自国の国益のみを最優先して、無視してきたものを世界から批判されこのままでは・・・との思いから大きくレベルダウンしたパリ協定に至って、漸く重い腰を上げたに過ぎない。この両国が世界をリードしていって人類の未来が明るくなるとはとても思うことは出来ない。それでも現実を見つめるとき両国を無視して世界は回らないことも事実で、忍耐と寛容の心を持って両国と世界中の国はお付き合いしていくしかない。 
 米国はトランプ氏が共和党の大統領候補となるほど今、建国の理念が怪しくなってきている。中国は相変わらず時代錯誤の膨張主義を推し進めている。世界の平和と発展を推し進めていける国はあるのか。我が国は自分でできる精一杯のことを地道に重ねていけばよい。いずれ日本は真に世界をリードしていく事になるに違いなく、今は力と知恵と経験をため込んでおくべき時期だろうと思う。 
CAT9

2016.08.28
8月27日の想い出

 この日が来るといつも一人で思い出し笑いを静かにしている。8月27日は小3の孫、朱里(あかり)の誕生日である。9年前、参院選でNHKの政見放送があり子育て支援の問題を取り上げたとき「今月には私にも二人目の孫が生まれてきますが・・・」といったつもりだったが「二人目の子供が生まれてきますが・・・」と言ってしまった。収録語スタッフに「孫というべきところを子と言ってましたといわれ、撮り直しをNHKの職員にその場で申し入れたが受け入れられずそのままの放送となってしまった。放送の直後、自宅に数本の電話が入り妻が応対したのだが最初の電話では戸惑ってしまったらしい。 
 「赤ちゃんおめでとうございます。ご主人お元気ですね」といわれ取りあえず「ありがとうございます」といったもののどうも話が違っていることに途中で気が付き、子ではなく孫であることを説明したという。「ご主人、というより55歳の高齢出産となる母親への驚きだったのではないか」といったような会話を夫婦でして笑ったりしたが、虚言ではないかという事態にならずに済みほっとした思い出である。 
 その孫も昨日で9歳となった。叔父にあたる通称「おにいちゃん」が誕生日のプレゼントに何がいいと聞かれ「お兄ちゃんとお食事がしたい」と希望を出しそれが、今日28日、かなえられるといって昨日からはしゃいでいる。朱里は「お兄ちゃん」を慕っていてまるで恋心を持っているようにも見える。だから「食事」にも熱い期待があるのだろう。「誕生日おめでとう」すでに事前にプレゼントは渡しておいたので、私からは彼女が目覚めてから最初に祝意を伝えた、良いおじいちゃんをアッピールした。 

2016.08.20
爺さんの在り方

 自分がどう変われば、相手がどう変わるかというのを今実験中である。一番解かり易いのは、家族、それも小さい子供相手の時だ。小6と小3の孫に暫く一切怒らないでおこうと今自制している。片付けのことでも一度は注意するが、それでだめなら放っておくことにしてみた。すると「あっ片づけなくっちゃ」と言って行動を起こすようになってきた。しかしまだ実験中のことで、これが一時的現象なのか、根本的な変化となってきたのかはまだ確信が持てない。 
 爺さんと孫との適切な距離、言葉の言い回し、間合いを何とかマスターしてみようと今勝手に自分で試している。新しい人生の挑戦の一つであり少しわくわく感がある。 

2016.08.17
久し振りの孫二人とのアサデニ

 小3の朱里とは時々二人で朝食をデニーズで摂っているが、いつもは断る花美も今日はついてきて久しぶりの三人での朝食となった。食事が運ばれてくるまでの間、三人で色々なおしゃべりを楽しもうと思っていたら着席するなりゲームに夢中でそれどころでないといった様子だった。何がそんなに楽しいのかなどと考えてはいけない、と自分に言い聞かせて一人で考え事をすることにした。 
 ようやく食事が運ばれてきて子供たちも顔をあげ「うわーおいしそう。ぜんぶたべられるかな~」などと話し始めた。二人とも少し量が多かったみたいで完食とはいかず、私に残り分を回してきた。いやいや自分はダイエット中なのだと断ればよかったのだが、じっとこっちを見て私が平らげるのを待ってる風だったので、ここは男気を見せなくてはなどと見栄を張りお陰で家に帰ったら 
下痢状況となってしまった。下痢から痔へと状況はさらに悪化、何ともつまらぬ見栄の代償は大きすぎた。 

2016.07.19
示された孫との関わり方の原則

 明後日から子供たちには待ちに待った、親や家族には魔の夏休みが始まる。昨日、妻からは子供たち(孫たち)とのかかわり方の原則が示された。その1、一切触らないこと。
スキンシップを大事にしてきた私は居間で子供のそばを通るとき、手や髪に触るようにしてきていた。 その2、話しかけないこと。
帰宅してきたとき、必ず楽しかったかとか声をかけている。 その3、躾のことで注意しているとき、被せるように入り込んでこないこと。
この3原則を守れば子供たちの方から「ジジ君ジジ君」と寄ってくること間違いない、と言われた。
 昨夜実行したら、反抗期のはなが、同じ寝室の隣で寝ているのだが暗闇が怖いといって寝るまで手を握っていてといってきた。正に奇跡が起こったかと驚いた。できるだけ3原則を辛いけど守っていこうと思う。

2016.07.15
時間の概念

 たわいもない口喧嘩を孫としょっちゅうしている。宿題を済ませたのか、早く寝なさい、明日の(学校の)支度は済んでいるのか等といったことに反発しての口論なのだが、「もうジジ君とは一生、口をきかないから」と言ってくる。これが1週間に1度くらい繰り返される言葉になってきている。孫たちにしてみれば一生とは2時間から5時間位の時間概念なのだろう。
 母親や祖母に言いにくいことは、先ずわたしにぶつけてくることでストレスを解消しているかもしれない。「ばか」「殺す」「どっかいって」などの破壊的な言葉を私は思春期、反抗期のモヤモヤを吹き飛ばす呪文なのだと思うようにしている。精々、打たれ強い精神と肉体を維持しておこうと思う。

2016.07.02
映画の選択違い

 小3の朱里にせがまれ二人で映画を見に行った。帰りには映画にちなんだグッツも奮発して買ってあげたのでご機嫌の帰宅だったのだが、なんと本当に見たかったのは、というより友達に勧められていた映画は別のものだったという。見たのは<ズートピア>だったが、本当は<アリス・イン・ワンダーランド>を見なければならなかったらしい。そこで明日も見に行くというのだが、もうこちらも時間的にはいっぱいいっぱいなので、おばあちゃん(私の妻)に行ってもらいたいと思う。
 <ズートピア>は最初の30分程私は寝てしまっていたが、内容のある良い映画だったと思う。だから朱里も満足していたわけだし、二日続けての映画鑑賞というのは贅沢もんだろう。

2016.06.24
孫の授業参観

 小3あかりの今日は授業参観日。昨夜、母親の史子と祖母(私の妻)には「明日の授業参観には来てね」と念押しをしていたが、私には声がかからなかった。そこで「ジジ君も行っていい」と聞いたが「だめ」の一言。今朝出がけに「来ないでね」ダメ押しされた。朱里の気持ちも分からなくはないが、俺の気持ちも少しはわかってもらいたいもんだ。
 家族でファミレスへ行ったときなど、食事が終わり車に向かう駐車場ではこのところ手を握り腕を絡ませ、ふざけて踊ったりしているのに・・・。「何故なんだ!」

2016.06.06
孫との適切な距離

 「さ~お風呂に入るぞ」と言ったら「ううん。一緒に入らない。多分もう一生一緒に入らないと思う」そう小5の花美に宣言されたとき、いよいよその時がきたなと思ったが、小3の朱里も「触らないで。触りたいとき朱理から触るから」と言い始めてきた。そして昨日などは「ジジ君ストーカー止めて」と訳の分からないことを言ってきた。そう言いながら放っておくとベタベタと絡んできたりする。成人した二人の子供たちには、遠くから温かく見守るような感覚でいるのだが、孫たちには遠くからではなく一定の距離を置いて熱く見守るような時期にき始めたような気がする。

2016.06.04
みそ汁の味

 「最近味噌汁作ってくれないね」と小3の朱里に言われてしまい、今朝、頑張って作った。最近といっても2日間なのだが、それでも朝食にみそ汁がないことに違和感を感じてくれていたとしたら逆に、頑張り甲斐が出てくる。昨日、買い物のとき「味噌汁の具はあったっけ」と妻に言ったら、「何かうれしそうだね。子供(孫)にでもせがまれたの」と見透かされてしまっていた。
 出汁が手作りでないので「俺の味」というわけではないのだが、ネギや豆腐、ワカメの切り方で、ジジ君の味を記憶してもらえたら有り難いのだが。


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