世界連邦埼玉県支部 | 山根りゅうじ


徒然に

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2013.12.21
孫との語らい[Vol.32]

 少し照れながら朱里が私にメモというか、手紙をくれた。私に手渡すと直ぐに居間から仏間に立ち去った。折りたたんだ紙をひろげてみると、「ジジ君嫌い でも抱っこしてね」と書かれていた。
 石田純一の娘さんすみれさんを取り上げたテレビ番組を花美と一緒にみた。複雑な家庭環境に育った彼女の生い立ちを食い入るように花美はみていた。両親との離婚という共通経験があるので私は「花美はパパのことどう思う」と思い切って聞いてみたら、「なんでそんなこと聞くの」と返され一瞬、言葉に詰まった。間をおいてからそれでも「テレビ(で表現している、すみれさんの気持ち)と同じ」と答えてくれた。

2013.12.20
孫との語らい[Vol.32]

 朱里が居間のソファーに座って私に聞こえよがしに「ジジ君のバカー」と言った後、「アーさっぱりした」と伸びをした。それから、食事中の私に纏わりついてなかなか離れようとしない。言葉と行為のこの錯綜が面白いと思う。この年ごろには、一家に一人のバイキンマンが必要なのだろう。
 一方、朱里はジルが大好きなのだが、今日は居間に置いてある犬小屋の中に入ってすでに寝入っているジルの脇に添い寝していた。

2013.12.18
孫との語らい[Vol.31]

 昨日、妻が朱里に「ご飯ができたよ」と声を掛けたら「不味いチャーハン食べさせられたから、食べられない」と答えたそうだ。その不味いチャーハンを作ったのはわたしであり、朱里には言いたい放題言われている。今日も夕食後、テレビをソファに座って見ているところ朱里と花美の頭を後ろから撫でたら「もう触らないでと言ってるでしょ」と強い口調で言って来た。花美が「爺クンは朱里のことが、好きで好きでしょうがないからベタベタしたがるんだよ」と言ってくれたが、朱里は無言だった。
 そのあと、台所で洗い物をしていると朱里が通りすがりに、わたしのお尻をポンと叩いていった。

2013.12.18
前参議院山根りゅうじメルマガ[Vol.5]

 75歳になる義姉のシャンソンの発表会へ妻と行って来た。姉の名はフーちゃんである。舞台が終わり夫である荻原さんと4人で食事をした。妻が「フーちゃんはデビ婦人みたいだね」と言ったらご主人は「黒柳哲子さんに似ていると言われるのを喜ぶんですよ」と言葉を添えてきた。本人も「よく黒柳さんに似ていると言われるの」と言い、旦那さまに同意していた。・・に似ている、と言うのは危ないときがある。こっちは褒め言葉の心算でも気分を損ねてしまうことがある。まあ、今日のところは身内で問題なしではあったが。それにしても本当に元気な元気な75歳である。

2013.12.16
孫との語らい[Vol.30]

 幼稚園が休みなのでジルの散歩に一緒に出掛けた。1時間半のコースで朱里には少し長いコースではある。いつものように連光寺でお祈りをしていると朱里の姿が急に見えなくなった。お祈りの間、土堤の桜の枝にジルを繋いでおくので、そこにいると思ったが見つからない。結局、土堤の内側の緑の斜面に大の字になってすっかり眠ってしまっていた。この間、僅か5分程の事であった。天衣無縫というか、天真爛漫というか天然児というかんじだ。新河岸川を向こう岸に渡っての帰路、寒いからと言ってずっと私のパンツ(ズボン)のポケットに手を入れてきた。戯れて、時々拒否するとキャキャいっておいかけてきた。新河岸川左岸の遊歩道は斜面林になっていてその中を歩くのは爽快のはずだが、朱里は、「この道はお化けがいるからもう来ない」といった。
 奥入瀬と同じで、美しい故にここで何人かの自殺者が出ているのも又、事実である。わたしは何度か陀羅尼を唱えて歩いたりもしている。朱里には何か感じられるものがあったのだろうか。

2013.12.16
前参議院山根りゅうじメルマガ[Vol.4]

北朝鮮ナンバー2の処刑は金じょんうん第一書記とその取り巻きの不安と嫉妬がもたらしたものだろう。処罰の理由は色々あげられたが何れも死刑に処するほどのものではないだろう。秀吉が利休を処刑させるときにあげた罪状と同じく全ては言いがかりの類でしかないだろう。それにしても、ジュネイブで留学していた経験で得ていたはずの国際社会の常識は望むべきもないのだろうか。

2013.12.15
孫との語らい[Vol.29]

 朱里のベット脇の壁に3枚の張り紙が貼ってあった。1枚には<お母さんとママ、ジル大好き>もう一枚には<お兄ちゃん(叔父)まあまあ>最後の一枚には<爺クン嫌い>と書かれていた。メモを発見した時、史子と花美も一緒だった。私は、どうして?と改めて聞いたが、いつものように「チュウするから」との答えが返ってきた。花美は[本当は、恥ずかしいからなんだよ。爺クンの事が大好きなんだよ]とフォロウしてくれたが、私は朱里に「えー寂しいな 朱里のこと大好きなのに」と言ってあげた。朱里にとっては、最高の満足のいく私の反応だったことは、間違いない。花美には「わかっているよ 4年前の花美も24年前のママもそっくり同じことを言っていたから」と言おうとしたが、言葉を飲んだ。

2013.12.14
前参議院山根りゅうじメルマガ[Vol.3]

 六本木の俳優座で<リア王>を観てきた。シェイクスピアの戯曲は場面の展開が遅く、台詞が長くて、しかも、長文詩のように形容句がこれでもか、これでもかと続くのにはちょっと辟易感がある。偶さか隣の席に座った高齢の婦人が「シェイクスピアはお好きですか」と聞いてこられたので「いえ難しくて」と答えたら「古い時代のものですから、台詞が長いだけですよ」と気遣ってくれた。俳優の人たちはさぞかし台詞憶えが大変だったろうと思う。

2013.12.11
孫との語らい[Vol.28]

我が家の玄関に脱ぎ捨ててあった靴を自分の家の玄関に持っていくように朱里に言ったが、全く無視しているので強く叱った。それでも言うことを聞こうとしない。今度は、打つよと言ったがそれでも無視をきめこんでいるのでスリッパでお尻を3度ほど思いきり叩いた。漸く大声で泣きながら靴を運んだが、気性はなかなか頑固である。誰に似たのだろうか。
 昨日、映画<利休に聞け>を見てきた。海老蔵の演技は素晴らしかった。しかし、秀吉を軽々しく、侮蔑的に描いてしまっているのはいただけない。もっと重厚に描けばより利休を際立たせることが、できたろうにと思う。例えば、秀吉を團十郎や渡辺健にやらせるといった手もあったのではないか。秀吉像の作り方は難しいが、多くの作家に共通しているのは秀吉への侮蔑の思いである。

2013.12.10
孫との語らい[Vol.27]

朱里とジルの散歩へ行って来た。ハガキを投函するついでだったが、なんとか幼稚園から帰ったばかりの朱里をつき合わせるのに成功した。家に着くと足とお尻を洗うのも自分でやるのだと言って聞かないので、任せてみたら良い仕事ぶりだった。


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