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2015.10.28
沖縄で何度かお会いしてお話したことがあったが、こちらは講演をお聞きするという立場であったので特にご挨拶することもなく1聴衆としてお話を東京で聞かせて頂いた。
普天間基地の辺野古移設については苦渋の決断だったというお話の後、県が自分で承認したものを自分で取り消すというおかしなことになってしまった、という事態について苦しい胸の内をご披瀝されていた。”無念”の思いは聞くもの誰しもに伝わってくるものがあった。
折しも、県の決定に異を唱え政府が代執行の構えを見せているときであり、前知事の話をしわぶきひとつなく固唾をのむように皆、耳を傾けた40分であった。
ここからは、私の私見であるが翁長現知事がここまで真正面から政府とぶつかってくるともう政治的な落としどころは見つけられないのではないか。最後まで正面突破を貫き司法の判断にゆだねるところまで行ってからでないと、何らかの解決策を模索するという状況は築けないと思う。普天間には3度行ったが、この間、唯々事故が起こらないことを祈るのみである。
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2015.10.26
一昨日、以前からご依頼を受けていた講演をさせて頂いたが、事前に考えていた内容とはやはり変わったものとなってしまった。一応レジメを用意して臨んだのだが途中色々なことが浮かび、話が広がりだしてしまった。それでも、演壇に立っていて空気はだいたいわかるものだが、聴衆の皆さんも乗ってジッと話を聞いてくださっていたので結果オーライだったと思う。著名人が月に何度も講演する場合はだいたい同じ話を繰り返していられるが、私のように年に数回となるとその都度勉強をし直すこととなる。講演内容は外務副大臣をしていた時の話や今回の安保法制、中国、韓国との付き合い方といったところである。
場所は山形の上山温泉だった。鳴子温泉のような大きな温泉街ではないが、静かでおちついた町でお薦めの温泉地である。ご家族で、あるいは素敵な人とゆっくりできそうなところです。
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2015.10.23
エリザベス女王の馬車にまでの同乗は行き過ぎだったのでは、と私などは考えてしまう。キャメロン首相の事実上の措置だったとしたら後世、後悔しないだろうか?記者会見では記者から人権問題について質問があったが、中国の今後は混迷の危機リスクは依然、高いものと私は見ている。いくら経済関係重視といっても馬車に同乗という形で女王までお出ましいただく必要があっただろうか。行き過ぎの感は拭えない。
国際会議で何度かキャメロン首相とはお会いしているが、いつも自信に満ちエネルギュシュな人という印象で仕事を楽しんでいるという感じである。一方の周主席とは一度もお会いしたこともなくテレビを通して見ているにすぎないが、威風堂々としていて存在感は他を圧している。中国の指導者は13億人を束ねていくという途轍もない仕事をしているわけで、それ故に人物も大きくなっていくのかもしれない。人権問題の質問を受けてもたじろぎもせずシャアシャアと答える姿は並みの神経ではできない。独裁国家や新興国家の指導者に共通する迫力は、国内の闘争において
命がけで登りつめてきた故に身についたものなのだろう。
生前、昭和天皇の侍従長をされていた入江さんは「陛下との会談を終えられてくると皆さん穏やかなお顔で出てこられるんですよ」と語っておられるが、別格の人格をお持ちだったのだろう。正に玄徳というものだったのかもしれない。
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2015.10.22
朝の犬の散歩コースでは、孫の通学路と重なる距離が200メートルほどあり時折、偶然を装って花美と朱里の通学の様子を見たくて時間を合わせて出くわす事を図ったりしている。これがしょっちゅうだと心を読まれ「きもいから来ないで」といわれるだろうから週に1度位にしている。他の子供達の中にいる二人の幾分緊張した、家では見られない姿を
見るのは新鮮で味わい深い感慨がある。
まるで青春の時、密かに思いを寄せた人に時間と場所を考え抜いて、偶然の出会いを画策していた頃のようだと我ながら可笑しくもあるのだが、今の暮らしの中で私にはこの僅かな一瞬が格別な時間となっている。今朝もその一瞬を満喫した。
CAT:9
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2015.10.20
高木復興大臣が30年前に起こしていたか否かという、下着泥棒疑惑について定例?の会見で釈明するのをテレビ中継で見たがなんとも息苦しい気がした。私も定例記者会見をしてきた経験があるが、何を聞かれるか事前の通告があるわけでなくかなり緊張するものである。加えて今日の会見では件の問題の質問は想定していただろうが、気が重く圧し掛かっていただろうことは想像に難くない。
状況証拠的なものがあったか否か判らないが、少なくとも法的に問題はなかったとすれば、30年前の問題を蒸し返していくことが果たして妥当なのだろうか。橋下大阪市長を批判するのに親族の過去を暴き立て、市長の強い抗議で週刊誌側が謝罪・撤回したことを思いだすが、このことを国会で取り上げることは少し慎重であった方が良いのではないか。公人であるからこそ、という論理も成り立つが、一般社会にも影響を与えることもあり得るわけで、過去を背負った人の更生にブレーキをかけるようなことになってはならない。
わたしは民主党の立場ではあるが、党派を越えて危惧の念を拭えないのだが・・・・
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2015.10.17
子供たちがピアノを弾き続けているので「爺君もピアノを弾けるよ」と言ったら、びっくりした顔をして「爺君弾いてみて」と花美が言うので「うんわかった。よく見ていて」といってピアノの端を
引っ張る真似をしたら、白けた顔をして「爺君、普通のお爺ちゃんになって」といわれてしまった。
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2015.10.16
小5の花美のことは、書きづらくなってきた。一人の人格を持った者として有するプライバシーの事を尊重しなければならない時期が到来しつつあるように思う。もしかしたら今日が最後のメルマガ掲載となるかもしれない。
同級生の中では、そろそろ異性への関心も強くなってくる時期だが、花美自身はその意識はまだ希薄で、自分は少し後れているのかな‘・・・・・といった気分があるようだ。私の立場では、「ゆっくり
ゆっくり・・・」と思う気持ちが強く複雑である。
犬を連れて散歩していたら、「あ・・じじくんだ」と言って犬のジルに近寄ってくれた2人の子供がいた。聞いてみると5年生で花美の同級生だという。2人の孫以外から「じじくん」と言われたのは初めてで嬉しくもあり、このことを花美に話したら激怒された。「じじくん」という呼称は自分のイメージを壊すものなのだと、最近思っているらしく友達がそんなことを言うはずはないと、食って掛かってきた。しかし言ってきたことは事実で「爺君が言ったわけではない」といっても聞き入れようとしない。外では今では「うちのおじいちゃん」と言い換えているらしいのだが、とき既に遅し、ではないのか。複雑な乙女、否、少女心である。
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2015.10.15
アメリカ民主党大統領候補のサンダース氏は自ら「私は民主社会主義者」といっている。北欧の福祉社会を高く評価しているのだろう。多くの日本人は民主社会主義についてあまり耳慣れていないだろうが、わたしには懐かしい響きがある。自民党にとって代わることのできる現実的政策を持った唯一の政党として1968年にわたしが入党した政党が、民主社会党であったからだ。今日では民主社会主義は理念としては依然、高い意義を有するが歴史的には大きな役割をはたして新たなイデアに昇華していくことになるのではないかと、わたしは思っている。
さて、サンダース氏は民主党の討論会でクリントン候補の所謂、メール問題について国民ももううんざりしていると発言し、この問題を政争の具としないことにしていた。私の感性では’男をあげた’と思う。73歳、大人の政治家という感じだった。
CAT9
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2015.10.14
国会議員の現職としては、とうとうみる機会もなく終ってしまったが、12日、事前演習を初めて見させてもっらった。20を越える艦船を海上で目の当りにすると迫力が半端ではない。軍事知識に詳しいわけではないので、参加した艦船、航空機、潜水艦が外国のものと比べてその性能がどうなのかは解らないが壮観で頼もしく思えた。
一緒に行った知人は恐ろしく思えたといったが、軍事戦略とはそもそも戦わずに勝利することに如何に近いものとできるかが要諦である筈だ。それが抑止力としての直接的な艦船や航空機などの保有、存在の意義である。国の安全保障なくして福祉は無い、という現実を片時も政治家は忘れてはならない。
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2015.10.11
東日本大地震で、現地に派遣され戻ってきた自衛隊員の慰労のため音楽演奏をした際屈強の若い隊員が号泣したという。普段、同じ自衛隊員ではあるが音楽隊への、あるいは音楽そのものに対する尊崇の念が比較的薄いものと思っていた人達が次から次へと泣き崩れていった様を見て、胸が締めつかれる思いだったという。被災地の悲惨な状況は
想像を絶するものだったのだろう。そして、どこから見ても規律正しい優等生であることを義務づけられた自衛隊員には様々なプレッシャーからのストレスも大きかったに違いない。そこで音楽が心の底に染み渡った、ということなのだろう。
因みに、どんな楽曲だったの、と聞いたら‘‘ふるさと‘など日本の童謡を演奏したのだそうだ。自衛隊を退職した彼はこれからも地域で音楽を通じた貢献をしていきたいと私に昨日、熱く語ってくれた。
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