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2015.10.14
国会議員の現職としては、とうとうみる機会もなく終ってしまったが、12日、事前演習を初めて見させてもっらった。20を越える艦船を海上で目の当りにすると迫力が半端ではない。軍事知識に詳しいわけではないので、参加した艦船、航空機、潜水艦が外国のものと比べてその性能がどうなのかは解らないが壮観で頼もしく思えた。
一緒に行った知人は恐ろしく思えたといったが、軍事戦略とはそもそも戦わずに勝利することに如何に近いものとできるかが要諦である筈だ。それが抑止力としての直接的な艦船や航空機などの保有、存在の意義である。国の安全保障なくして福祉は無い、という現実を片時も政治家は忘れてはならない。
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2015.10.08
わたしは歓迎したい。軍事でも経済でもわが国は中国を念頭に考えていかざるを得ないが、TPPは対中国への経済戦略としても有効な手立てである。今後、国際経済ルールとして認知させ組み込んでいかなければならない。
それにしても甘利大臣は本当に頑張ったと思う。途中、舌癌を患ったが何とか克服されたのではないか。相当なプレッシャーがあり、体調を崩したのだと思う。今回の交渉はこれまでのアメリカとの二国間経済交渉と違い、多国間での交渉でアメリカを挟み日本は議長国的役割を果たし、纏め上げたのだから日本の外交史にも残るほどの功績だったのではないか。甘利さんのご労苦に敬意を表したい。
CAT:9
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2015.10.07
昨日、佐久間晃さんの感謝の会が行われ声をかけていただき出席させて頂いた。佐久間さんは真っ直ぐな人で誰からも信頼され、頼られていた人だった。私の選挙も
お手伝いいただいてきたが、陰でというか、本人である私が知らないところでしっかりとした下支えをする、といったタイプに人だった。プリマート労組からマルエツ労組に移り以降、労働運動一筋の人生を送ってこられた。
世間では労組に対する見方が様々だが、この人を見て労働組合とは何か、何のために在るのかがわかるのではないだろうか。常に働く職場の人々の悩みごとや、困りごとを
キャッチしてその解決に全力投球してきた。もうそんな人柄が体からにじみ出ている。自民党や大阪維新の会の人達から執拗に労組批判が繰り返され誤解や曲解が国民の間に瀰漫しているが、「この人を見てくれ」そんな思いで昨夜、佐久間さんを見ていた。62歳で労働運動の一線を退かれる。
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2015.10.05
三日に一度は孫たちと言い争っている。家人は一様に孫が泣いている様を見て私に謝った方がいいと言ってくる。仕方なく私が謝ることもあるのだが、それでも孫たちは心から謝っていないと見抜いてくる。私なりの言い訳もあるのだが、まあ、大人げなく子供たちを傷つけてしまったこともたしかにあるのでそんな時は、率直に謝ることにしている。
翻って、最近気づいたことがある。謝っても効果のないとき、10分程経ってから「…愛してるよ」というと、さらにその後、10分くらいするととてもフレンドリーになってくるのだ。
やはり”愛”はいいなと思う。
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2015.10.02
以前にも何度か書いているが、中国にしろ韓国にしろ反日で国民の目をそらすことで権力の維持を図ることには限界がある。むしろ自ら国益を損失することになっていることに一刻も早くきずくべきだろう。アメリカの無差別爆撃や原爆の投下があってもわが国は戦後、事実を教えてはきても反米教育をすることはなかった。アフリカの国々も奴隷制度の犠牲になってきたが反米や反ヨオロッパの教育を行うことはなかった。ベトナムもしかりである。過半、駐日韓国大使に「加害者の国の国民の立場からは、憚れるけれど思い切って言わせて頂ければ、反日教育は決して貴国の利益にならない」と言わせて頂いた。反日教育をを今やめたとしても五十年はその影響は残り続けるけることを考えるとこの間の中国、韓国の真の安定と繁栄はかなり厳しいものとなるのではないか。
憎悪はいずれ自らに振り返ってくるという歴史というか、人生の原理は変わることはないのだから。因みに、ベトナムは高い経済成長を果たしているし、アフリカの国々でも二桁の経済成長を達している国々が出てきている。
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2015.02.26
川崎の中学生殺害事件について先般、ブログに抽象的に解決策について書いたがあれから、考えて浮かんだ具体案は、一時的な駆け込み寺なものを設置しそこに子供を逃避させ解決策を具体的に検討してみる、というものだ。夫の家庭内暴力への対応策にヒント得てのアイデアであるが、とにかくも子供に先ずは、安心を与えることが大切ではないのか。
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2015.02.24
マスコミ報道から見て恐らく加害者は同世代の未成年者の犯行であることは濃厚だろう。非行少年グループに睨まれグループ入りを強要されたとき、それをどう断ればいいのか、今でも苦しんでいる子供たちは数えきれないだろう。これらの子供たちをどう救っていったらいいのだろうか。子供たちの心理としては、「親に言っても理解されない」「先生に言ったら、どんな処理をしようとするのか読ない。伝えられ方によっては報復されるかもしれない」そんな不安でいっぱいだろう。今回の事件は、加害者は防犯カメラにも映っているとの報道があり犯人の特定にそれほど時間はかからないだろう。
問題はその後の予防施策である。マスコミでは恐らく識者の意見を数多、掲載することとなるだろうが、具体策を果たして提案できるだろうか。当事者の立場に置かれている子供たち自身が納得できる具体策をどう提示できるか、我々大人に真剣に突きつけられている。
我が家でも 家族で話し合ってみたがそう簡単に妙案があったわけではない。しかし、抽象論でなくそれぞれの経験ををもとに話し合い、いくつかの具体案も浮かんできた。先ずは、当事者になった経験のある若い人たちからの実体験を聞いてヒントを得ることである。私が市議会議員をしていた時、いたずら電話で悩んでいた方からご相談を頂いたことがあった。もう30年も前のことだったと思うが、NTTとかけ合い逆探知を要請したがかなわず、結局、電話番号を変えることで一件落着となった。だがこれでは消極的な解決策にすぎず私としては悔しい思いが残ったにすぎなかった。今回のような問題が起きてきたとき、親の対応としては究極的には家を越すという選択肢があるが私は社会システムを築きこの中で問題を解決していくことを模索すべきだとおもう。
暴力に対抗するには、地域の団結も大切だが現実には体を張って指導力を発揮する人物は何処にでもいるわけではない。自治体や国が解決の手法を模索し、システムと運用を責任をもって行っていくべきでないのか。このシステムの中には警察も入れ込むことで抑止効果を期待できる。被害者は家庭内暴力でもいえるがいつでも加害者になりえるわけで、救済は加害者となった子供達をも対象とすべきは当然のことである。
市会議員時代、相談を受け暴力団員の人と交渉する立場に立ったことがあったが
私のような善良とは言わないが、普通の市民生活を送ってきたものにとっては、なかなか重い仕事であった。暴力には善意だけでは通じきらない側面があることは事実で抑止力を効かせながらの対処法が不可欠だろう。
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2015.02.22
久しぶりに同代議士の地元でのパーティに出席させてもらった。司会は10区で衆院選を戦った弓削隼人氏だった。来賓は上田知事、川合川越市長の首長に続き各級議員等であった。国会議員は民主党県連代表の大島代議士、武正代議士のほか、他党で本人は欠席であったが、秘書が代理出席し10区で比例当選した‘‘‘維新‘‘の坂本代議士、参議院の行田邦子氏という顔ぶれであった。地方議員は壇上に呼び上げられマイクリレーで一人一人、挨拶していた。最初に呼び上げられたのは、川越市選出で3期目の立候補が予定されている無所属の現職県会議員であった。次に4月の県議選、市議選に川越から民主党で公認が決定している候補予定者が順次紹介された。そのあと、同じ川越から市議選に挑戦する保守系無所属の候補が壇上に上がった。また、ふじみ野市から市議選に立候補予定の民主党議員の紹介の後に、無所属革新系の候補予定者もマイクをにぎった。
前後援会長が挨拶の中で、政治家として今日まで8つの政党を移り支援者としての苦労を述べられていたが、出席者と紹介順序の基準は、まさに小宮山ワールドということなのだろう。
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2015.02.20
政界用語で駅立ちは、朝と夜に主に行う駅頭での活動のことである。ただ「おはようございます」と挨拶する人もいれば、ずっと演説を続けている人もいる。私は基本的には朝は皆忙しいので挨拶だけでいいような気がする。夕方から夜もそれで構わないとは思うが、足を止めて聞いて下さる方もいるので5~10分位の演説をする方がよいのではないか。
毎朝の駅立ちでいろいろな方との出会いがあり忍耐の事もあれば、嬉しく浮だつこともある。今日は後者の日だった。知り合いの知的障害を持った30代の女子である。いつもは向こうから声をかけてくれるのだが、今日は私の方が目敏く彼女をみつけ駆け寄った。「この前、お店によってママにあったよ」と言ったら、「わたしも行きたかった」と言ってくれた。いつも純な目を真正面から私に向けて笑顔で話しかけてくれる彼女はキラキラで私の心をきれいに洗い流してくれる。
彼女のお母さんが居酒屋さんをやっているのだが、最近,店を移っていた。移転して初めて娘と伺ったわけだが、今度は彼女を誘っていこうと思う。もちろん娘もいっしょでないと誤解されそうで気を付けなければならないが。
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2015.02.17
もう半年になるが、娘の史子と朝の駅立ちを毎日やってきた。史子は4年前に比べて寒さはかなりゆるんできていると思う、という。私は14年前の記憶で比較してみると格段と暖かくなっていることを実感している。具体的には、14年前だと駅頭から帰ってから風呂に入っていたがいくら温まっても体の冷えが午前中いっぱい経たないと戻らなかったものだ。しかし今は直ぐに体温というか、冷えは戻すかとができる。温暖化は毎年、確実に進んでいるのではないか。
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