孫との語らい
小4の 花美を強く叱責したら小1の妹、朱里が「じじくん、チクチク言葉でいっちゃだめだよ。チクチク言葉は黒くなっちゃうよ。心も黒くなっちゃうんだよ。」と親が子供を諭すように、静かに私に話しかけてきた。「そんな言葉、誰に教わったの」と聞いたら記憶は曖昧だ。朱里の学歴は保育園から幼稚園、そして小学校であるが、どうも保育園の先生からだったようだ。
孫との語らい小4の 花美を強く叱責したら小1の妹、朱里が「じじくん、チクチク言葉でいっちゃだめだよ。チクチク言葉は黒くなっちゃうよ。心も黒くなっちゃうんだよ。」と親が子供を諭すように、静かに私に話しかけてきた。「そんな言葉、誰に教わったの」と聞いたら記憶は曖昧だ。朱里の学歴は保育園から幼稚園、そして小学校であるが、どうも保育園の先生からだったようだ。 |
前参議院山根りゅうじメルマガ[Vol.13]昨日、拓殖大学教授、評論家だった遠藤浩一氏のお別れ会に参列した。保守派論客の一人として知る人ぞ知る人物である。しかし、私にとっては民社党時代の後輩という位置づけにどうしてもなってしまう。旧民社の仲間が多数集まってきていたのは、彼の生前における人柄を表していたように思う。散会後の私的な会話の中で民社党の書記局時代、直接の上司だった先輩が「荒木君(拉致問題の中心となっている)もそうだったけど、僕の言うことをあまり聞かなかった者が世に出て行った。」と話してくれた。組織の中では馴染切れきれなかったのだろうが、しかし、信念が強く頑固だからこそ成せた数々の業績だったに違いない。国会議員以上に大きな発信力を持って民社の声を世に訴え続けてくれた氏に感謝の思いを込めて、ご冥福を祈ります。 |
孫との語らい[Vol.44]史子が出ているので、夜、寝る時間になってきたら美樹子が二人を寝かせてきてと言うので先に朱里を寝かせていたら花美が「花美だって寝かせてほしい」と言いに来た。「朱里が寝たら行くからね」と答えて10分程で朱里が寝たので行ってみると、もう花美も寝てしまっていてガッカリだった。暫く寝顔を見てから花実の部屋を出た。 |
前参議院山根りゅうじメルマガ[Vol.12] 沢木耕太郎の“流星ひとつ”を読んだ。もう34年前の藤圭子へのロングインタビュウを纏めたものだ。ちょうど引退を発表して間もないころの取材で、どうして引退しなければならなかったのか、これを読んでよく理解できたが、当時の報道では何が何だか訳が分からなかったのを憶えている。具体的には喉の手術をしてしまい澄んだ声がでるようになったが、以前のかすれた声がでなくなってしまいもう、自分は藤圭子ではなくなってしまったことで引退をせざるを得なくなってしまったとのことであった。素直に頷ける理由だった。また芸能界の眉根をよせるような出来事も書かれていて、野次馬的な感覚からは興味をそそられるような内容も記録されている。 |
孫との語らい[Vol.43]大雪の後の残雪で遊んで帰宅してから、寛いでいた時、鼻くそを朱里がほじくっているのを見てしまったので「汚いからティシュを使いな」と注意すると何事もなかったかのようにツカツカと私のところに来て、鼻をほじくっていた人差し指を私の手の甲に擦り付けて行ったが、私の手の甲にはなにもついてはいなかった。其れを見ていた美樹子が「隆治さんには、なにをやっても怒らないという自信があるんだね」と言ったが、そういうことなんだろう。そして、朱里にしてみれば,こうしたみえよがしの行為は、家族への誇らしげな自慢でもあるのだろう。自分へのわたし・山根隆治の絶対的な愛の証であるという。 |
前参議院山根りゅうじメルマガ[Vol.11]大雪の後、新河岸川の内側の広いなだらかな斜面には十分、残雪が残っていて2日前に買ってきた子供用のスノーボードを持ち込んで花美と朱里を遊ばせてやった。キャーキャー言って楽しんでいたのに急に朱里は一人でボードを持って帰ってしまった。何か不満な事があったのかと思ったら、体が寒くなってきて堪らず引き上げていったのだと美樹子(祖母)に言っていたようだ。 |
孫との語らい[Vol.42]ゴミの集積場に積もった雪のかたづけを幼稚園から帰ったばかりの朱里と済ませ,すでにアイス状になって固まってしまっている駐車場の雪をこんど小さなシャベルで叩いて割り始めたのだが、手伝いの朱里は「お母さんとママが滑らないようにやっているんだからね。爺クンの為じゃないんだからね」とまたもや差別化してきた。 |
前参議院山根りゅうじメルマガ[Vol.] 柳澤桂子著「生きて死ぬ智慧」を読んだ。般若心経を意訳したものである。短いので読書ペースの遅い私でも直ぐに読み終えることができるもので、今日で2回目である。 |
孫との語らい[Vol.41]幼稚園から帰ってきたら先生が「朱里ちゃん膝の関節が痛いと言ってましたので、多分成長痛と思いますが湿布薬を張っておきました」と言われた。帰宅してしばらくすると、熱が出てきたので医者に診てもらったらインフレエンザとの診断だった。史子は出張中だったので美樹子が家で薬を飲ませようとするのだがなかなか飲もうとしない。「飲みなさい」「いや」の応酬が何度か続いたが、朱里は思わず「薬より(まだしも)爺クンの方が良い」と口ずさんだ。美樹子と吹き出しそうになったが、流石の私も複雑な心境であった。 |
孫との語らい[Vol.40]朱里がまた夕食の時,私をだしにして「ジジ君は臭いから嫌い」と言ったので[だけど朱里の大好きな今日のカレーと同じ匂いだよ。爺クンの臭いはたぶんカレー(加齢)臭だよ]と言ってやったが朱里も花美もキョトンとしていた。ママの史子と美樹子だけがちょっとにや~としただけだった。 |