世界連邦埼玉県支部 | 山根りゅうじ


徒然に

BLOG一覧

2016.05.06
子供の日の一日

急遽、子供(孫)の送り迎え係をすることとなった。娘、ふみ子が青年会議所のイベントで昭和のファッションショーを企画し責任者だったこともあり、子供にも見てもらいたい思いだったので私がアッシーになり女房と孫を乗せて会場近くまで運んだ。周辺の駐車場はどこも満車で送った後は家にそのままUターンした。私もできれば見学したかったが終日アッシーに徹した。また、上の孫の方が風邪のひきはじめの症状が出ていたので、こっちのケアーもしたりと結構多忙な一日だった。
CAT:1

2016.05.02
ゴールデンウイークの過ごし方

 孫にどう付き合うかが、この週の過ごし方になる。1~2日温泉でも行くことになるのかと思っていたら計画では日帰りコースの提示が一つだけであった。秋葉原への買い物へのお付き合いである。私が買い物嫌いなのは知っているので、私への要望は結局ゼロとなり放免されたのだが、活動はエンドレスでルーチンワークがしっかり待っていてくれている。今晩も街頭演説11回をこなして今キーボードをたたいている。

2016.05.01
2000回演説のスタート

 10万軒の訪問と2000回の演説を年内の活動目標としているが、その街頭演説が今日からスタートである。苦しくとも自分で決めた目標なので楽しくもある。演説内容はまだ固まっておらず、これから地域にあった話にしていかなければならないだろう。今日の10回の演説は5分から10分かかっているが、5~6分が聞きやすいとスタッフから言われた。数字目標は、心のどこかにある怠け心を粉砕してくれるものだ。
 CAT:1

2016.04.30
拝聴の会 成功裏に終了

10 ある川越ブロックのうち 3
ブロックの方々にお集まりいただき、地域の様々な問題やご意見をお伺いするという趣旨で企画させていただいた「拝聴の会」は、多くの皆さんにお集まりいただき種々の問題提起があり、盛り上がりとても有益だった。古谷、南古谷、芳野の地域は皆、基本は農業エリアであり、地域の抱える問題に共通性が多いところだ。そこでいただいたご意見は、地域開発という大きな問題がらみの事であった。また障害者の方々のスポーツ振興策、福祉など幅広いものであったが、市職員と議員の定数を半分にすべしというご意見もいただいた。それぞれ精一杯御答弁させていただいたが、熱い質疑応答となりあっという間に時間が過ぎて行った。
 5月は高階地区を予定している。
 CAT:9

2016.04.29
三輪オートバイの運転作法

 時速30キロを出すのがやっとだったが、漸くこの頃では広い道なら40キロも出せる勇気が湧いてきた。それでも安全第一で走っているので、ほかの車とスピードを競うようなことは無い。私のバイクは真紅のペイントなのでピザ屋さんか郵便配達のバイクと見間違えられることが多く、どうせスピードを出しはすまいと見くびられているのか、50CCのバイクもあっという間に、私を抜き去っていく。もうわたしは、どうぞどうぞの寛容の心で見送っている。
 CAT:1

2016.04.28
情報、人脈の有難さ 

 旧知の政治家のパーティーで増田寛也元総務大臣の講演を聞かせていただいた。野田内閣で一緒に籍を置いていたつながりもあり、講演の後、一度防災都市づくりの事でお話にお伺いしたい、と取り急ぎ申し入れをし、お互い連絡先を交換させてもらった。
 30年以内にM7級の首都圏直下型地震が起きる可能性が70パーセントといわれており、我々もその対策は、今から怠りなくやっておかなくてはならない。日本創成会議議長でもある増田さんからは、防災や人口減少問題でも多くの示唆を頂けるものと思う。相変わらず多方面で有能な才能を発揮している氏の活躍から目を離せないが、川越に種々加担していただきたいと思っている。

2016.04.27
政治家のネット情報の危うさ

 このところ地方議員も含め政治家のスキャンダルを超えていくつかの事件が起こっている。その政治家を支持し投票してきた人たちの落胆は大きいにちがいない。人となりをどうして見抜けなかったのだろうか、との後悔の念は消せずにいるだろう。政治家に直接触れたりする機会もなく仕方ない面があると思う。政治家の側からは、フェースブック、ツイッターなどで自分がいかに庶民的で活動的であるかをどう伝えるかに腐心しているわけで、嘘はないが誇張は免れない。そこに合成の誤謬が生まれ、少しでも本人に触れてきた者なら誰しもにわかる程度の真実でさえ見分けられなくなる土壌がある。
 例えば、政策作りの会合に出席している写真をアップしたとして、その政治家が会議までに多大な準備をしてきた人であるのか、写真だけとって会議を直ぐに退席していたのかを判断することはできない。しかし、アップされた写真を見ると「A先生は頑張っているな」と誰でもに同じ評価をしてしまうこととなる。
 ネットはある一面を伝えてはいるが、必ずしも真実を伝えるツールとはなりえないと理解しておくことは賢明だと私は思う。できれば本人を駅頭活動をしている際になど真近に見ておいたり、少し長い書き物があれば目を通すなどしておくことで,つんのめったような判断を避けることはできると思う。

2016.04.26
初めてのROFT

 久しぶりの渋谷である。初めて欧州の街に行った時のような妙な興奮を覚え、お店のウィンドウをきょろきょろし通しだったが、結局案内されたROFTだけで買い物をすませた。買ったものは小学生の孫向けのものばかりとなった。実際、二人の孫をここに連れて来たらどんなに興奮するだろうか、などと考えながら店内を夢中で歩いた1時間だった。
 昨日の渋谷の主目的は買い物ではなく、都市づくりの専門家のT氏と会い川越の街づくりについてアドバイスをいただくことだった。渋谷にも近く超高層のビルが林立することになっているのだそうで、大きく街が変貌するらしい。そんな渋谷での新しい川越街づくりの論議は弾んだ。いずれ私の政策の中に反映させることとなる昨夜の話の意味は大きいものとなってくるかもしれない。

2016.04.25
雑感

 市議会議員時代の記憶で不確かだが、川越市内の神社仏閣の数は60~70程だったと思うが、市内をくまなく歩いていると其処かしこに林の中などにひっそりと小さな祠を散見する。静かに拝礼して退いてくるが、中にはいわれのあるところもあって今更ながら、川越の歴史文化の厚みというか、深みを味あわせてもらっている。「何事が御あしますかは知らねども
忝さに涙こぼるる」と、伊勢神宮を参拝した江戸時代の高僧がうたっていたことを思い起こすが、川越は見える、あるいは見えざる力に守られているいるようにも思えてくる。
 林の中を一人佇んでいるとまだ幼子のような数匹の蜂が、ヘリコプターの羽のように本体を見定めることができないほどブンブンとはねを震わせ空中に暫時静止し、すっと身の丈の30~50倍もある距離を
瞬間移動していた。暫し異次元に身を置き動植物に励まされる時を得るのもオルグの中の楽しみのひとつである。

2016.04.24
芳野の風景 

 もう田植が終わっている農家もありびっくりである。以前は麦も作っていてそのあとの田植えだったので、こんなに早くはなかったという。水を川から引いてくる家と地下水をくみ上げている家があるが、井戸水の農家が早いのだそうだ。まだ寒暖が交互にやってくるこの時期に大丈夫なのか気になるが、プロのやられていることなので余計な心配は要らないだろうが。
 芳野地区には、私と同期の昭和54年初当選の市議会議員お二人がいた。井上精一さんと江田としおさんである。井上さんはすでに他界され、江田さんは市議を辞されてからも今も元気で種々活躍されている。お二人とも市議を離れて20年以上になるはずだが、今でも実積と人柄の評価が高いのには驚かされる。「私は井上さんと江田としおさんと同期なんです」と水を向けると堰を切ったように、古き良き思い出話が皆一様に溢れてくる。20年も昔の議員の評価が今も口をついて出る例はあまり聞かない。
 井上さんといえば当時、議員野球で生まれて初めてバットを持ったというので握り方を教えてあげた記憶があるが、ようやくバットにボールが当たったと思ったら一塁ではなく三塁に走っていったことがあった。地元の人も見に行っていたのだそうで、そのことも懐かしそうに話す人がいたが地元の誰からも愛されていた精ちゃん(井上さんの事を誰もがそう呼んでいた)は精一杯の人生を全うされた方だと思う。


TOP