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2016.05.21
「ママ(母親)とお母さん(祖母)は良いけど、爺君は・・・」といって出されたのが、1、声をかけないこと 2、大きな声を出さないこと
3、ジッと見つめないこと の3条件であった。仕方なくこれを受け入れることとし、朝の入場行進だけを見てきた。二人の孫と顔をあわせぬように
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2016.05.13
とても大きな一歩だと思う。核軍縮・廃棄の視点からも、日本国民の歴史認識の上からも、今後のアメリカ国民の歴史認識の上からも、大きな大きな前進だと思いたいしまた、そう努力していくべきだと思う。外務副大臣になる前から、ずっとホワイトハウスに手紙を送り続け、大統領の広島訪問と被爆者のホワイトハウス訪問を実現させてほしいと要請してきた政治家として今回のニュースはとてもうれしかった。その意義については、全ての両国国民の思いを今、表さなくとも訪問するそのことだけを評価しておけばよいのではないか。いずれ、あの訪問が大きかったと歴史家が評価する日が来るものと思いたい。
CAT:9
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2016.04.21
もうかなり前からブログにも書いてきたが、安倍総理の最大の政治目標は憲法改正にあるのだから自民党にとって有利と思われる衆参同時選挙の実施可能性は7~8割と思ってきた。しかし、今日の新聞各紙は自民党内が回避への発言を活発化させているという。その真意は那辺にあるのか。
私は、北海道補欠選が勝利の見通しが見込めなくなってきたからだとみる。組織的には5分だが候補者の評価が日を追うごとに差を広げてきていることで、もしこの選挙で敗れたことによる同日選回避では面目が立たない。それなら、今のうち震災対応を理由として避けた、という理由付を作っておくべきと、党内の然るべき人が考え手を打ってきたと、私は見る。そして総理にはフリーハンドを与える。なかなかの知恵である。
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2016.04.20
政党から離れたとはいえ義理ある人の選挙応援はさせてもらっている。日曜日に投開票だった坂戸市議選では弓削勇人氏の応援に入ったが、地元の熱烈な応援を目の当たりにして当選は確信できたが、トップ当選はどうだろうかという心配が結局杞憂に終わりホットしたところだ。国政に2度挑戦した候補者として恥ずかしくない得票を、という思いが私に有り、たぶん本人にもあったろうとわたしは忖度していたからの安堵であった。
過般行われた宮代町議選でも、石井しんいち氏が同様、地元地域の皆さんの熱い応援を得ていた。街宣車がいくと家から飛び出してくれる人々の数が夥しかったことが二人に共通していた。政党への風がなくても自ら地域で渦を巻き起こしていける人は選挙に強く、安定している。地元での地道な活動、信頼される人柄がお二人の勝因だったと思う。
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2016.03.02
先般、家族で世界遺産に登録された富岡製糸場を見学してきた。やはり現場を見て初めて知ることばかりで、感銘を受けて帰ってきた。明治初めに我が国の近代化にいかにこの工場が貢献したのか、展示資料と丁寧な説明員の方の話でよく理解できたように思う。製糸場がこの地に決まるまで、埼玉も候補地の一つだったとの説明があったので「それは埼玉の何処だったのですか」と質問したが、明快な答えは頂けなかったが事実上の決定権者だったフランス人のブリュナーの頭には数か所の候補地があったが、最初から富岡に決め込んでいたふしがあったようだとの説明だった。
私はもう一つ「工場を設立し技術指導してフランスに帰ったブリュナはその後どのような人生を送ったのですか」と質問させてもらった。彼はその後、中国に渡り技術指導し、日本にも立ち寄った後、帰国し二年後病死しているとのことであった。日本では敷地内に大きな洋館を提供され家族といっしょに暮らし、当時の大臣と同程度の俸給をうけていた彼の日本での五年間は幸福だったのだろうか、などと思いを巡らし製紙場の門を後にした。
CAT:1
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2016.02.19
東京の現代美術館へ行ってきた。新聞報道で知り初めてオノヨーコさんの作品を見てきたが、率直に言って
芸術性の高い作品を見つけることはできなかった。贔屓目に見て精々、思想的アッピールを感じることができたに過ぎない。メッセージ性は高いがそれ以上のものではなかったというのが、きついが私の感想であった。
CAT:1
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2015.12.21
孫との夜の
チャンネル争いにもう疲れてきた。隣り合わせの自分の家の居間で見てくればいいじゃないかと言うのだが、居心地がいいのか二人とも我が家の居間を離れない。毎日のように言い争ってきたのでもう避けることにした。番組表をあらかじめ見ておき、見たいものをチェックしておいて何もなければさっさと私は自分の部屋に引きこもることにした。ダイエットのため晩酌も控えることにしたので丁度良いのかもしれない。まあ負け戦となったということか。
CAT:8
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2015.12.15
排出ゼロを本気で達成するには日本の技術は不可欠である。ここにわが国の果たすべき大きな役割を見ることができる。
そして現実を直視するとき、原子力発電をもう一度しっかり見据えておかなければならない。世界は原子力に改めて向かっていくことは間違いないだろう。
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2015.12.15
新興国にも義務が課されたのは大きな前進である。温暖化は先進国の責任、との主張はもっともだったが一部の国や大国はその論理で、狡猾に責任を回避してきた。
時に大国を前面に掲げ、時に発展途上国との論理で責任を放擲してきた国にもあったが、世界の良識がうねりとなってこれらの国を揺り動かしてきたと言えるのではないか。今世紀後半までも視野に入れた目標は素晴らしいが、50年も先のことなのでどんな障害があるか誰しも予測できないのだが、それでも目標を掲げられたのは大きな成果と言える。
技術大国のわが国には、逆に千載一遇のビッグチャンスが訪れてくるとも考えられる。実質
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2015.12.06
友達が皆、都合がつかず姉の花美も友達と外出することになっていたので「折角の日曜日なんだから、今日はずっと二人で遊んで」と言われ、政治活動の予定も取りやめて終日朱里と一緒に過ごした。先ず、朝食は二人でデニーズで摂りその後は
ヨーカドーでゲームに付き合った。午後からの恒例のテニスは関係者もいるので休むわけにもいかず、朱里には見学してもらった。2ゲームやった後ではコートが偶々空いていた。そこで、やりたがっていた朱里にボールの球出しをしてやったら大喜びだった。普段は理屈をつけて適当に切り上げるのだが、今日は本人が飽きるまでやってあげようと決意して付き合うことにした。あたりが暮れはじめたら、朱里から「もう5時になるから止めようか」といってきたが、10個程のボールが手元にあり「これが終わるまでもう少しやってから終ろうか」と提案し更に遊んでから、終了としたので本人は大満足だったようだ。「爺君、朱里上手かったよと、お母さん(祖母)にいってね」と言われ、実行した。
わたしも幼いころ近所の在日のお兄ちゃん(わたしはどういうわけか、その人をお猿の兄ちゃんと呼んでいた)に飽きるまで思い切り二人だけで遊んでもらったことが何度かあり今でも、楽しかったという思いが強く記憶にのこっている。何故、私だけが可愛がられていたのかわからないが、近所では私だけが一人っ子だったからかもしれない。その時の記憶がよみがえってきて、朱里との二人だけの時を私自身も楽しませてもらった。
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