世界連邦埼玉県支部 | 山根りゅうじ


徒然に

徒然に一覧

2014.06.03
つれづれに

nhkの歌謡コンサートをちょっと見ていたら、南こうせつが「からたちの小径」を歌っていた。島倉千代子さんが死を既に覚悟され、他界される三日前に確かレコーディングされたものだったのではないか。島倉さんの録音された声を使ってデュエット形式の歌でとても南こうせつとの音が美しくはもっていた。
 それにしても、島倉千代子さんという人は改めてすごい人だったんだとおもう。私が小学生の時、ラジオから流れてくる声にうっとりしていたのを思い出す。そして、映画で初めて動く姿を見てその可憐な輝きに、すっかり魅了されてしまった。永くずっと第一線で歌ってこられたことに改めて敬意と感謝の思いでいっぱいになってしまった。そ
して、ご自分とファンのために文字どうり死力を尽くして「からたちの小径」を吹き込んで頂いたこと感謝感謝です。、

2014.06.03
政治・経済等

国会に在籍していた12年間、外国の要人から日本と中国・韓国との微妙な関係の質問を受けた時、私は「色々な語り口があるけれど、こういう視点もありますよ」と時折答えたことがあった。「指導者が反日を実質的に主導し始めた時、その国は短期か中期か長期かはわからないが衰退の兆しと見ることができるのではないか」と。
 反日により退歩するのか、退歩し始めたから反日になっていくのかは、卵が先か鶏が先かという栓のない話になるが、いずれにせよ当たらずとも遠うからずといえないだろうか。民主主義国家で一国のトップリーダーが他国を激しく批判をするにとどまらず、国民に反日をを煽り続けるという事態は異常だ。ましてや全世界がテロと戦っているときに日本の首相、伊藤博文を暗殺した安重根を今、讃えるがごとき行為は理解しがたい。おそらく良識ある国家から見れば今回の行為は、時を経れば経るほど両国に厳しい歴史的な評価がくだされていくのではないだろうか。
日中韓3国は引っ越しすることはできない、だからこそ3国の指導者は国民感情を絶えず融和へと導く責務がある。日本は中韓に多大な迷惑をかけてきたことは事実である。だからこそ韓国には、戦後、今日の韓国経済の基盤づくりに多大なこうけんをしてきた。中国にも同様に経済、技術支援などできる限りのことをしてきている。ましてや天安門事件で世界から孤立しているとき日本は天皇陛下が訪中までされている。事の良しあし、評価は置いておくとして結果的には日本が中国を再び国際社会へと道をひらくこととなったのは間違いないのではないか。

2014.06.03
孫との語らい

ご飯をボロボロこぼしたり、テレビに夢中で箸が進まなかったりとかで少々行儀が悪いので朱里に注意したら「朱里はじいじ君似だから仕方ないの」といわれてしまった。それでも嬉しい気持ちを抑えて改めて「ご飯のときは、しっかり食べなくちゃダメ」と言うしかなかった。

2014.06.02
孫との語らい

小4の 花美を強く叱責したら小1の妹、朱里が「じじくん、チクチク言葉でいっちゃだめだよ。チクチク言葉は黒くなっちゃうよ。心も黒くなっちゃうんだよ。」と親が子供を諭すように、静かに私に話しかけてきた。「そんな言葉、誰に教わったの」と聞いたら記憶は曖昧だ。朱里の学歴は保育園から幼稚園、そして小学校であるが、どうも保育園の先生からだったようだ。

2014.03.02
前参議院山根りゅうじメルマガ[Vol.13]

 昨日、拓殖大学教授、評論家だった遠藤浩一氏のお別れ会に参列した。保守派論客の一人として知る人ぞ知る人物である。しかし、私にとっては民社党時代の後輩という位置づけにどうしてもなってしまう。旧民社の仲間が多数集まってきていたのは、彼の生前における人柄を表していたように思う。散会後の私的な会話の中で民社党の書記局時代、直接の上司だった先輩が「荒木君(拉致問題の中心となっている)もそうだったけど、僕の言うことをあまり聞かなかった者が世に出て行った。」と話してくれた。組織の中では馴染切れきれなかったのだろうが、しかし、信念が強く頑固だからこそ成せた数々の業績だったに違いない。国会議員以上に大きな発信力を持って民社の声を世に訴え続けてくれた氏に感謝の思いを込めて、ご冥福を祈ります。

2014.02.17
前参議院山根りゅうじメルマガ[Vol.12]

 沢木耕太郎の“流星ひとつ”を読んだ。もう34年前の藤圭子へのロングインタビュウを纏めたものだ。ちょうど引退を発表して間もないころの取材で、どうして引退しなければならなかったのか、これを読んでよく理解できたが、当時の報道では何が何だか訳が分からなかったのを憶えている。具体的には喉の手術をしてしまい澄んだ声がでるようになったが、以前のかすれた声がでなくなってしまいもう、自分は藤圭子ではなくなってしまったことで引退をせざるを得なくなってしまったとのことであった。素直に頷ける理由だった。また芸能界の眉根をよせるような出来事も書かれていて、野次馬的な感覚からは興味をそそられるような内容も記録されている。
 幼少年期における両親の不和、貧困、家庭内暴力、盲目という母親のハンディ等々があのどこか蕭条とした彼女の空気を作ってきたのだろう。沢木氏への信頼、人間的魅力があってのことだろうが、率直に自分を曝け出している藤圭子と言う人の魅力が溢れんばかりにこのインタビュウには出ている。
お師匠さん、大恩人ともいうべき作詞作曲家の 沢井氏こと、石坂まさおさんのことも思いやりを持って率直に語っている。、私自身、個人的に2度、いっしょに石坂さんと飲んだことがあるが、その時に受けた印象は、正に彼女が語ったとうりの人物だった気がする。
 もうかなわぬ事だが、1度、藤圭子と言う人と酒を飲んでみたかった。

2014.02.16
前参議院山根りゅうじメルマガ[Vol.11]

大雪の後、新河岸川の内側の広いなだらかな斜面には十分、残雪が残っていて2日前に買ってきた子供用のスノーボードを持ち込んで花美と朱里を遊ばせてやった。キャーキャー言って楽しんでいたのに急に朱里は一人でボードを持って帰ってしまった。何か不満な事があったのかと思ったら、体が寒くなってきて堪らず引き上げていったのだと美樹子(祖母)に言っていたようだ。
 花美と二人でその後も愛犬のジルをボードに一緒に乗せて滑って遊んだりした。ボードから離れて体を直に雪面に横たえそのままゴロゴロと河川敷まで転がって行ったあとで花美が「じーじくんも面白いから降りてきて」というので降りて行ったら、今度は斜面で大の字になって私にも横に来るように促してきた。二人で大の字になって「気持ちいいね」と言い合って青空を暫く眺めて時を過ごした。

2014.01.25
前参議院山根りゅうじメルマガ[Vol.]

 柳澤桂子著「生きて死ぬ智慧」を読んだ。般若心経を意訳したものである。短いので読書ペースの遅い私でも直ぐに読み終えることができるもので、今日で2回目である。
 観音様がお釈迦様の一番弟子である舎利弗に‘空‘を説くものであるが、なかなか理屈では説明できるものではないだろうが、舎利弗レベルであったればこその説法なのだろう。私は子供のころ死に損なった経験があるが、その時味わった感覚を膨らませて ‘空‘を理解するようにしている。意識を失った私はもう異次元にいてオレンジ色の暖かな世界に今にも溶け入る寸前にあった。その世界に入ることは完全に死を意味していることは十分理解していたが、決して恐ろしいといった思いはなく、できるならばこのまま死んで大安心を得られる黄泉の世界である神と言おうか、究極の命の中に自分を融合させたいという誘惑にかられた。あの時、自分は自分ではないという感覚を理解できたように思った。あのときの感性が私の‘空‘を理解しようとするときの縁になっている。
 結局、私は、母を悲しませたくないとの思いで死を選ぶことはできなかったが、あの甘美な恍惚感だけは今も生々しく覚えている。

2014.01.16
前参議院山根りゅうじメルマガ[Vol.10]

 三浦しをん著「船を編む」を読んだ。私も出版社にいたので、この本の内容については違和感なく理解できたつもりだ。著者のプロフィールをネットで見た限りでは出版社に勤めたという経験はないようだが、業界のことを感覚的にとてもよく理解しているように思えた。辞書の編纂をしていくという過程の中で起きる様々な出来事、特に恋愛と主人公まじめ氏の個性をおもしろおかしく描いているが、著者の書きたかったことの柱は、大辞典完成までの労苦にあるのは、はっきりしている。きっと多くの出版人から相当の取材を重ねていったに違いない。上から目線みたいだけど、頑張って書かれたな、という感じだ。

2014.01.09
前参議院山根りゅうじメルマガ[Vol.9]

 年末年始で幸田露伴の[五重塔]という小説をよんだ。1センテンスがとても長くて読みにくかったが段々慣れてくるもので、後半はかなりのペースで読みこなせた。明治、大正、昭和のものと現代小説をこれから原則として交互に読んでいこうと思っている。


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