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2016.06.19
久しぶりの手紙で開封したら事務次官新旧交代の挨拶状であった。斎木前次官とは、副大臣の時はあまり接触することはなかったが、北朝鮮の拉致担当をしていた時、党の勉強会で何度もお会いしている。厳しい交渉にはうってつけの人、との印象だった。いつも冷静で自分の果たすべき役割をしっかり把握し、相手側からは「この人に嘘は通じないすべて見透かされている」そんな気持ちにさせられる程のある種、クールさを持った人で極めて能力の高い優秀な人材だった。
杉山新次官はエネルギッシュで、気遣いのある庶民派タイプの能吏。二人は対照的な次官だろう。アメリカ新大統領との新たな関係の構築、不穏な動きをやめない中国との関係、ロシア、北朝鮮との交渉、大変な時期の就任だがアジア大洋州局長時代を見てきた印象では、この人なら官邸との関係も含めきっといい仕事を果たしてくれると思う。
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2016.06.18
ハンクアーロンが、自身のホームラン記録を王貞治さんが超えたとき、祝意を表し一本足打法にちなみフラミンゴのはく製を送っている。正に大人の対応であった。ベーブルースの記録をアーロン選手が超える時も人種差別的な嫌がらせがあったが、様々な苦労を重ねて築いてきた人格あったればこその態度だった。
黒人初のメジャーリーガーになったジャッキーロビンソンが大リーグの重い扉を開いたわけだが、彼の苦労は並大抵のことではなかった筈だが、彼が入ってきたおかげでその後レベルが格段に上がり、今日の大リーグの隆盛につながっているわけで、そのことを考えれば氏は多大な貢献を果たしている。
今、日本のスポーツ界でも陸上やプロ野球でも、ハーフの黒人選手が活躍しだしてきており愈々黒人が全世界各界で活躍する時代の本格的到来を予感させられる。
さてピートローズ氏の気持ちはわからないわけではない。しかし、アーロン氏と比べて云々したくはないが、男を下げた感は否めない。
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2016.06.17
政党は名があり集票力のある人を推薦候補者とすることは避けられないが、地方自治では政党のイデオロギー的な対立を生む場面はまれである。なぜ政党が関わろうとするかといえば、知事の圧倒的な権力に少しでも近い位置にいて影響力を温存しておきたい、という思いからであると思う。それは利権もあるだろうし、選挙支援のこともあり、更には政治力の誇示ということもある。
戦後70年当たり前のように認識してきた知事選挙の在り方についても、論議だけでもしておく価値があるのではないか。天皇の任命制に戻すということでなくても知事選が中央政界の政争に巻き込まれずに済む工夫があってもいい気がする。そのため場合によっては憲法改正が必要となってくるので容易ではないが、頭の体操をしておく必要があると思う。
さて、都知事候補についてはこれから毎日喧しいほど報じられてくるので注目されてくるが、二代続けてお金での醜聞辞任となったので安定感のある官OB
が都民に受け入れやすいかもしれない。桜井総務次官の名が挙がっている。個人的には悪くないように思うが、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会
事務局長の武藤敏郎元財務省事務次官という選択もあるのではないか。次官のとき民主党が官僚出身だからと日銀総裁の就任にストップを掛けた経緯があるが誰しもが認める逸材であった。
翻って、今回の都知事選びは主要政党が合意できる候補者が望ましいのではないか。
政党が所属国会議員を擁立する場合は簡単な世論調査を行い可能性を確認してからの決定となるが、勝てると踏んでの立候補もあれば、負けを覚悟での立候補もある。その場合、候補者は選挙後の展望も見据えて臨んでくる。いずれにせよ中央政界を巻き込んでの大きなドラマの始まりである。
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2016.06.16
自分の目標を口にしたときいつも笑われていたという。大リーグで首位打者になりたいといった時も同じだったという。しかし二度も達成した。自信があったに違いないが、桁違いの努力と自己管理があったればこそのことだろう。
サッカーのワールドカップで本田選手が「誰が何といっても優勝をめざしたい」と語りながら果たせなかったが、彼の熱い意志を皆が共有できていたなら奇跡的な何かが起こったかもしれないと、私はあの時勝手に総括した。気宇壮大な目標はそれが本気でとてつもない意志と情熱で、確信を持って事に当たれば何事も実現可能というのが私の信念である。
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2016.06.15
元財務大臣の藤井裕久先生が言っておられたように都民の信を失った時点で辞職は避けられなかったのかもしれない。ある埼玉の友人の政治家が、「舛添さんになってから、それまで全く動かなかった外環や254富士見バイパスの道路延長が、決まりだしてきたんだよな」と私に語ってくれた。事実関係を確認しているわけではないが、まさに実務能力の高い舛添さんならばこそかな、との感心もあっただけに少し惜しい気がする。「惜しい」意味は知事残留の思いではなく、折角授かった高い能力を使い切らなかった、使い切れなかった事態を自ら招いてしまったことに対する私の叱責感である。
全体主義、絶対的価値観を持つ陣営の人を除き、自由主義的価値観を持つ人の中で高い能力と実績を持つ政治家で公私ともに非の打ち所がない、という政治家を私は知らない。能力と人格に完璧さを求めるほど政界に有能な人材が集まらなくなるというジレンマに大人感覚を持つ有識者はまた頭を痛めることとなる。
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2016.06.14
今回のフロリダでの事件はテロとのことだが、何度も繰り返される銃乱射事件のたびにメルマガで書いてきたが、銃規制の法改正が行われないことは民主主義国家として異常ではないのか。全米ライフル協会の献金攻勢で政治が全く動けなくなってしまっているのだとすると、これがもっと大きな産業界、軍需産業と政界とのつながりの中で同じ事態だとするとより深刻である。つまり戦争は他国とのかかわりで行われることになるわけで、よりスケールの大きな問題となる。
資本主義の行き着く先が戦争、というロジックに与するものではないが湾岸戦争時のジュニア ブッシュ前大統領にはその空気が私には感じられた。
わが国の銃規制については、暴力団以外で発砲事件が起きるたびに法改正が議論されるが、実は私も議員立法で党のまとめ役として関わったことがあった。被害者団体、猟友会、学者等幅広く各界の意見を聞いたうえで法案を作り上げていったが、やはり世論や世間の空気に押されていると法案も作りやすいとその時実感した。
アメリカと日本では歴史も違うが、国民の安心安全のためにこの際、他国のことではあるが銃規制に一歩でも踏み出すことを期待したい。
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2016.06.13
今日の朝日の夕刊に太宰治の娘さん作家・太田治子さんのインタビュー連載の第一回の記事が載っていた。太田さんは68歳で私と同い年であり、誕生のその年に父である太宰治が入水し命を絶っている。子供のころから今日に至るまでどのように思い生きてこられたのか、同年の人間としてとても興味深い。明日以降の連載が楽しみである。今でも太宰人気は衰えることはないと思うが、かつて流行った性的人間か政治的人間かといった二分法では明らかに性的人間であった太宰を政治的人間であった人から見れば、今も当時も厳しく白眼視する人は多い。
以前、戦前の共産党・中央委員長でありその後転向し右翼の黒幕となり実業家としても成功してきた田中清玄の自伝インタビュー本を読んだことがあった。その中に太宰について語った箇所があり散々な評価だったのを覚えている。弘前高校時代の評判について「女々しかった」とか「活動的な男でなかった」といった類のことに過ぎなかったが、いつの時代でも2種のタイプの人々はそれぞれ心を交わらせることは稀だろう。
私自身は政治家だったのだから、政治的人間であることは間違いないがその枠にはめ込まれるとすると、心の中に少し抵抗も生まれる。自分にもある種の女々しさのあることも確かで自分では多様な人格と位置付けておきたい。
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2016.06.12
二人の友人のそのまた友人からのメールがきっかけで今日、元新聞記者のМ氏と川越西口の倉式珈琲店でお会いした。1時間ほど川越の街づくりについて県議でもある私の娘も交えて熱く意見を語り合った。М氏は私と会うことの意味を十二分に理解されていて事前に川越の財政を細かく調べあげた上で、観光行政のことなどを熱く語り具体的な政策提言をしてくれた。М氏は川越在住の市民でもあり生の川越を知悉していての提言であり、現実を踏まえての内容で私には美味しいご馳走をプレゼントされたようなものであった。
以前、赴任していた地方での取材経験を基にした各種の情報も有り難かった。これからの私の政策作りに反映させていただきたいと思う。Мさん有難うございました。
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2016.06.10
参議院を離れて3年もたつのにいまだに国会が終わると分厚い会派の活動報告書が送られてくる。まだ忘れられていないのだな、と嬉しくなる。同期で惜敗し党を離れていった人も多いが、その人たちにも送られているのか否か分からないが
送られた方は誰しもうれしいのではないか。こうした気遣いが段々、政界に無くなってきているのだが、義理と人情に篤い老政治家がいてこそのことであることを私は知っている。若い政治家の皆さんもぜひ気遣いの政治を継承していただきたい。
もう引退を表明されているので敢えて、名前を出すが多分、輿石元副議長の発案だったのではないか。輿石さんは日教組出身でありその組織のイデオロギーに反発を覚える人も多いが、実際に先生を知る人々はイデオロギーの左右を超えた義理と人情の人であることを理解している。だから自民党からも信頼が厚く、自民党の青木幹事長引退のあと参議院で大きな役割を果たされてきたのだと思う。
55年体制の自民・社会のなれ合い国対の悪弊から離れたところで国会運営に当たられてきた功績は大きいのではないか。
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2016.06.09
本会議質問について「原稿無しでやるべきでないか。なに見ながらやってんだ」といった視聴者のご意見をテレビを通じて多く聞くことができた。また、ワイド番組のコメンテイターも同様の発言をしていた。気持ちはわかりますが国会も含めて本会議は原稿を持って演説をするのが慣例となっている。それは、本会議演説は原則として一問一答形式ではなく一度きりの演説であり、間違いの許されない権威を持ったものとしよう、という暗黙の合意が議会の歴史の中で築き上げられてきたことが背景にある。だからアドリブなど効かされない舞台ということができる。
昭和11年に行われた斎藤隆夫の粛軍演説は議会の歴史に名を残すものとなったが、一言一句練りに練り考え抜いた演説は一言の言い間違えも許されない正に命がけの演説であったに違いない。この演説も本会議場で原稿をしっかり読み上げてのものであった。
今から45~46年前沖縄問題で地方自治の神様と当時言われていた門司亮代議士が20分程の演説をノー原稿で行ったのを見たことがあったが、このとき一応、手には原稿を丸めて持ち演説後筆記者に手渡していた。ノー原稿演説ではあったが慣例となっていた形式は尊重されていたように思った。
其の後、私が国会議員になってからも何人かの議員がノー原稿の演説を行ったが、私にはただ記憶力を誇るだけのものでしかなかったような気がした。聞くものを感動させるようなものではなく、議場の空気は、うまくできるかどうかといった次元の心配しかなかったような気がする。
フランスでは予算説明の演説でジスカールデスタンが数10におよぶ数字を間違えなくそらんじ、話題となったことがあったが、そのことに私は意味があるとはおもえなかった。
私が生で見た演説の中では皆、自民党ではあるが病後復帰した幹事長も務めた田中六助さんの演説は迫力があった。また、参院のドンといわれた青木幹雄さんの小泉総理への質問は迫力を持ちながらも、気遣いあるギリギリの与党質問であり質問の妙をみせていただいた。このお二人の名演説もしっかり原稿を読んで行われたものであり、変にアドリブにこだわったものの中から名演説は生まれてこないと私は思う。考え抜かれ研ぎ澄まされた言葉にこそ人を揺り動かすエネルギーが内包されているのではないか。
政治家にとり本会議場での演説は、渾身の力を籠める場であり、時に政治生命を、時に命をさえかけるような場でもあるのだ。
知性と品性が求められる都議会の本会議で知事批判するのに、「せこい」の表現はちょっと違和感が残る。「知事として吝嗇(りんしょくーけち)に過ぎるのではないか」と述べるべきではなかったか。
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