世界連邦埼玉県支部 | 山根りゅうじ


徒然に

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2015.10.08
TPPの大筋合意について

わたしは歓迎したい。軍事でも経済でもわが国は中国を念頭に考えていかざるを得ないが、TPPは対中国への経済戦略としても有効な手立てである。今後、国際経済ルールとして認知させ組み込んでいかなければならない。
 それにしても甘利大臣は本当に頑張ったと思う。途中、舌癌を患ったが何とか克服されたのではないか。相当なプレッシャーがあり、体調を崩したのだと思う。今回の交渉はこれまでのアメリカとの二国間経済交渉と違い、多国間での交渉でアメリカを挟み日本は議長国的役割を果たし、纏め上げたのだから日本の外交史にも残るほどの功績だったのではないか。甘利さんのご労苦に敬意を表したい。
 CAT:9

2015.10.07
ある労働運動家のこと

昨日、佐久間晃さんの感謝の会が行われ声をかけていただき出席させて頂いた。佐久間さんは真っ直ぐな人で誰からも信頼され、頼られていた人だった。私の選挙も
お手伝いいただいてきたが、陰でというか、本人である私が知らないところでしっかりとした下支えをする、といったタイプに人だった。プリマート労組からマルエツ労組に移り以降、労働運動一筋の人生を送ってこられた。
 世間では労組に対する見方が様々だが、この人を見て労働組合とは何か、何のために在るのかがわかるのではないだろうか。常に働く職場の人々の悩みごとや、困りごとを
キャッチしてその解決に全力投球してきた。もうそんな人柄が体からにじみ出ている。自民党や大阪維新の会の人達から執拗に労組批判が繰り返され誤解や曲解が国民の間に瀰漫しているが、「この人を見てくれ」そんな思いで昨夜、佐久間さんを見ていた。62歳で労働運動の一線を退かれる。

2015.10.05
後の言葉

三日に一度は孫たちと言い争っている。家人は一様に孫が泣いている様を見て私に謝った方がいいと言ってくる。仕方なく私が謝ることもあるのだが、それでも孫たちは心から謝っていないと見抜いてくる。私なりの言い訳もあるのだが、まあ、大人げなく子供たちを傷つけてしまったこともたしかにあるのでそんな時は、率直に謝ることにしている。
翻って、最近気づいたことがある。謝っても効果のないとき、10分程経ってから「…愛してるよ」というと、さらにその後、10分くらいするととてもフレンドリーになってくるのだ。
 やはり”愛”はいいなと思う。

2015.10.03
権利と義務の間にあるもの、あるいはその中にあるべきもの

権利の主張があまりに強く聞こえるとき、違和感が生じるときがある。また、勿体つけて義務の遂行を聞かされるとき「どこかちがうんだよな」と思ってしまう。よくよく考えてみるとそこにあるべき感性が欠如していいることに気づかされる。それは”感謝”と”謙虚”の心ではないだろうか。現役の議員ではないので率直に言って、いわゆるクレーマアと言われている人に権利を振りかざす人が多く、周囲の人たちは引いている。クレームをつけるときでも相手のことを思いやる気持ちを持っての行為であれば、むしろ主張がとうりやすいのではないか。
 国際的な場であっても言いえることで、例えばODAを受ける立場の国々からの話で「欧米の支援は、上から目線でやってくるが、日本は同等の立場からの支援を申し出てくれる」と感謝の言葉を頂いてきている。先進国はいわば義務としてODAをやっているが、そこは相手への気遣いも大切なことだと思う。逆に先進国の立場からは、支援はあって当たり前といった態度でいられると「やれやれ」という気持ちにもなりがちだ。そこはお互い感謝と謙虚、気遣いが大切ではないのか。
 CAT:8

2015.10.02
反日がもたらすもの

以前にも何度か書いているが、中国にしろ韓国にしろ反日で国民の目をそらすことで権力の維持を図ることには限界がある。むしろ自ら国益を損失することになっていることに一刻も早くきずくべきだろう。アメリカの無差別爆撃や原爆の投下があってもわが国は戦後、事実を教えてはきても反米教育をすることはなかった。アフリカの国々も奴隷制度の犠牲になってきたが反米や反ヨオロッパの教育を行うことはなかった。ベトナムもしかりである。過半、駐日韓国大使に「加害者の国の国民の立場からは、憚れるけれど思い切って言わせて頂ければ、反日教育は決して貴国の利益にならない」と言わせて頂いた。反日教育をを今やめたとしても五十年はその影響は残り続けるけることを考えるとこの間の中国、韓国の真の安定と繁栄はかなり厳しいものとなるのではないか。
 憎悪はいずれ自らに振り返ってくるという歴史というか、人生の原理は変わることはないのだから。因みに、ベトナムは高い経済成長を果たしているし、アフリカの国々でも二桁の経済成長を達している国々が出てきている。

2015.09.30
応援団長

朱里が部屋の片づけをなかなかしないので、玩具を三分の二捨てるように言ったら「朱里はママのお腹にいた時からづっと爺君を応援していたのにこんな人だと思わなかった」と私にぶつぶつ文句を言い始めた。選挙
のことをいわれるとどうも弱い。

2015.08.03
朱里って・・・・

  「朱里はなんで今、生まれてきたんだろう?
なんで女の子に生まれてきたんだろう?」このごろずっと考えているの。そう私に言ってきた。「うん、爺君も解らないけど頑張ってね、と言っておいたが、こんな返しで良かったのだろうか。CAT:1

2015.02.26
子供を非行グループから守る具体案について

川崎の中学生殺害事件について先般、ブログに抽象的に解決策について書いたがあれから、考えて浮かんだ具体案は、一時的な駆け込み寺なものを設置しそこに子供を逃避させ解決策を具体的に検討してみる、というものだ。夫の家庭内暴力への対応策にヒント得てのアイデアであるが、とにかくも子供に先ずは、安心を与えることが大切ではないのか。

2015.02.24
川崎の中学一年生 殺害事件について

マスコミ報道から見て恐らく加害者は同世代の未成年者の犯行であることは濃厚だろう。非行少年グループに睨まれグループ入りを強要されたとき、それをどう断ればいいのか、今でも苦しんでいる子供たちは数えきれないだろう。これらの子供たちをどう救っていったらいいのだろうか。子供たちの心理としては、「親に言っても理解されない」「先生に言ったら、どんな処理をしようとするのか読ない。伝えられ方によっては報復されるかもしれない」そんな不安でいっぱいだろう。今回の事件は、加害者は防犯カメラにも映っているとの報道があり犯人の特定にそれほど時間はかからないだろう。
 問題はその後の予防施策である。マスコミでは恐らく識者の意見を数多、掲載することとなるだろうが、具体策を果たして提案できるだろうか。当事者の立場に置かれている子供たち自身が納得できる具体策をどう提示できるか、我々大人に真剣に突きつけられている。
我が家でも 家族で話し合ってみたがそう簡単に妙案があったわけではない。しかし、抽象論でなくそれぞれの経験ををもとに話し合い、いくつかの具体案も浮かんできた。先ずは、当事者になった経験のある若い人たちからの実体験を聞いてヒントを得ることである。私が市議会議員をしていた時、いたずら電話で悩んでいた方からご相談を頂いたことがあった。もう30年も前のことだったと思うが、NTTとかけ合い逆探知を要請したがかなわず、結局、電話番号を変えることで一件落着となった。だがこれでは消極的な解決策にすぎず私としては悔しい思いが残ったにすぎなかった。今回のような問題が起きてきたとき、親の対応としては究極的には家を越すという選択肢があるが私は社会システムを築きこの中で問題を解決していくことを模索すべきだとおもう。
 暴力に対抗するには、地域の団結も大切だが現実には体を張って指導力を発揮する人物は何処にでもいるわけではない。自治体や国が解決の手法を模索し、システムと運用を責任をもって行っていくべきでないのか。このシステムの中には警察も入れ込むことで抑止効果を期待できる。被害者は家庭内暴力でもいえるがいつでも加害者になりえるわけで、救済は加害者となった子供達をも対象とすべきは当然のことである。
 市会議員時代、相談を受け暴力団員の人と交渉する立場に立ったことがあったが
私のような善良とは言わないが、普通の市民生活を送ってきたものにとっては、なかなか重い仕事であった。暴力には善意だけでは通じきらない側面があることは事実で抑止力を効かせながらの対処法が不可欠だろう。

2015.02.23
猫の捜索

毎日探し回ったが見つからず、写真入りのポスターというか、紙を張り出すこととなった。今までも何匹か出て行ってしまった猫はいたが皆、大きくなってからのことで今回のように子猫のままの失踪は初めてであり、家族は真剣の捜索である。


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