|
2015.12.21
孫との夜の
チャンネル争いにもう疲れてきた。隣り合わせの自分の家の居間で見てくればいいじゃないかと言うのだが、居心地がいいのか二人とも我が家の居間を離れない。毎日のように言い争ってきたのでもう避けることにした。番組表をあらかじめ見ておき、見たいものをチェックしておいて何もなければさっさと私は自分の部屋に引きこもることにした。ダイエットのため晩酌も控えることにしたので丁度良いのかもしれない。まあ負け戦となったということか。
CAT:8
|
|
2015.12.21
もうほとんど決まりだろう。共和党のトランプ氏が党の指名を受けるのは50~60パアセントの確立があるだろうが、民主党で指名を受けるのはおそらくクリントン氏だろう。二人の対決となればクリントン氏の圧勝となるのではないか。氏は元々は共和党員で結婚して夫に合わせて民主党に入党したのだったと記憶している。彼女の空気と主張は共和党に極めて合致していると思う。国際会議で何度か直接演説を見てきたが、いつも曖昧さがなく気持ちよくものを言い切り自信にあふれていた。共和党支持者でも今一歩安定感、安心感に欠けるトランプ氏より彼女を支持する人が多いのではないか。
日本政府としては安倍総理とはウマが合うだろうし、クリントン大統領誕生は大歓迎なのではないか。
|
|
2015.12.18
北朝鮮のモランボン楽団が急きょ北京公演を中止し帰国した。理由は明らかにされないままであり恐らくは、取るに足らぬ些細な事だったに違いない。北朝鮮にしてみれば対中関係改善の絶好の機会であった筈で、「なんとしたことか」の思いは中国と北朝鮮の良識ある人々の共通認識だろう。「ああ~この指導者じゃもうだめ」との思いが北朝鮮の指導部の中から湧き上がってくるかもしれないほどの金第一書記の大失態だと私は思う。
さて、韓国である。産経新聞前支局長に無罪判決が出た。常識的、極めて当然な判決なのだが、この国の司法は外国、特に日本絡みの事案については客観的、冷静に法に基ずく判断が下されないことが多いという事情もあり心配する向きもあった。先ずは一安心だが、前支局長の判決後のコメントが強気で若干挑戦的な風情も見受けられたので検察が感情的になり控訴したりしないだろうか、と気がかりではある。
公判の中で政府の外交省が態々、韓日関係を配慮してほしい旨の文書を提出しそれを読み上げるという展開があったが、三権分立上これは問題ではないのか、驚かされた。日本の立場からすれば有難くもあるのだが複雑な思いである。日本風に言えば韓国政府によるマッチポンプではないのか。
|
|
2015.12.17
現行の憲法は今日の社会環境を想定していなかったもので、今回の合憲判断は当然の事だろう。しかし、事の良しあしは別ではある。私自身の考えは法的には自由な選択制であって構わないと思う。しかし、この問題に限らず今の憲法は間尺に合わないことが多いのは事実だ。安倍政権の下での憲法改正には不安が残るが、適当な時期、安心・安定の時代に真剣に憲法改正の論議と手続きを進めることは大切なことだと思う。
国会議員の定数問題は、経済環境の中で「議員も国民とともに痛みを」」との思いで民主党が主導して削減の空気を作ってきたが、論理的な根拠はほとんどなかったと思う。時代の風潮に流されての結論だった。共産党のみが一貫して削減反対の姿勢だったが本音はそんなにきれいごとだったとも思えないが。
定数の問題、議員待遇の問題は学者や文化人、マスコミ人ばかりでなく議員経験者も含めて本格的議論をしていったらいいと思う。マスコミや評論家がいとも簡単に断じられるような単純な問題ではない。大衆におもねるような論陣は日本の将来を危うくする。立法府や行政府も含めた三権にある人々も含めて待遇、在り方についても1から議論し国民の理解と納得をえたらいい、というか得るべきだろう。その時代に差し掛かってきているのではないか。
私見を率直に言わせて頂ければ、日本のような国は3権のトップレベルの人々にはその役職に見合った待遇を用意すべきだと思う。私はどの国であれ選民思想は誤りだと思うが、日本人の頭脳と技術力は客観的に見て世界の中で群を抜いているものがあると思う。したがってほっておいても民間の力は世界で十分伍していけるのは間違いない。あとは国を適切に掌理していく3権をしっかりさせておくことが大切なのではないか。それには多少のコストを覚悟してでも彼ら、彼女らに、能力に見合った環境を提供すべきだと思う。
|
|
2015.12.15
排出ゼロを本気で達成するには日本の技術は不可欠である。ここにわが国の果たすべき大きな役割を見ることができる。
そして現実を直視するとき、原子力発電をもう一度しっかり見据えておかなければならない。世界は原子力に改めて向かっていくことは間違いないだろう。
|
|
2015.12.15
新興国にも義務が課されたのは大きな前進である。温暖化は先進国の責任、との主張はもっともだったが一部の国や大国はその論理で、狡猾に責任を回避してきた。
時に大国を前面に掲げ、時に発展途上国との論理で責任を放擲してきた国にもあったが、世界の良識がうねりとなってこれらの国を揺り動かしてきたと言えるのではないか。今世紀後半までも視野に入れた目標は素晴らしいが、50年も先のことなのでどんな障害があるか誰しも予測できないのだが、それでも目標を掲げられたのは大きな成果と言える。
技術大国のわが国には、逆に千載一遇のビッグチャンスが訪れてくるとも考えられる。実質
|
|
2015.12.12
軽減税率の問題は、公明党にとっては絶対譲れないものだったと思う。町中に張り出されたポスターには軽減税率導入があたかも公約のように大きく書き出されている。もう一歩も引き下がれないところにまで自身を追い込んでいる。。安保法案で煮え湯を飲まされてしまっていて、消費税10%導入時の軽減税率は絶対譲れない一線であったろうことは容易に理解できる。支持団体の創価学会内の空気はここで頑張れなくては・・・・といった張りつめたものがあったのではないか。
安倍総理のなりふり構わぬ政治決断は、憲法改正への道筋をつけるためならとの思いなのだろう。これで完全に解散総選挙のフリーハンドを掴んだこととなる。来年夏の衆参同時選挙は確定的ではないのか。
一方、わが民主党は維新の党と統一会派をつくりこれからは新党結成かという見方もあるが、執行部は慎重との報道である。私は結果的には新党結成というか、党名変更程度のことで落ち着くのではないかと思う。二つの党が一緒になるのだから新党結成に間違いはないけれど、維新の党は民主党からの離脱組が多く国会議員に新しいイメージをもった人は少なく国民の中にインパクトを与えきれない。つまり岡田代表の頭の中には、新党結成で支持率を大きく上昇させられず長期的には国民の信をむしろ損なうのではないか、との危惧があるのだろう。それでもたぶん新党結成となり党名は、新民主党といった程度でおさめるのではないか。
|
|
2015.12.11
野坂昭如さんが亡くなり新聞の特集記事を
いくつか読んだ。70年の安保騒動のころの論客の一人というイメージが私には強い。野坂さんとほぼ同世代の著名人たちは一様に個性が強く魅力を持つ人々で百花繚乱の世代と言えるのではないか。五木寛之、石原慎太郎、大島渚、野末陳平、小田実、なだいなだ・・・・・年齢に記憶違いもあるかも知れないがこの世代の人々は、敗戦の混乱の中で様々な屈折を味わい大声で自己を強く主張しなければ自身の存在の意義に不安でたまらなかったのではないか。一匹狼であることに満足する、どこか耽美的な異形の自己愛を私は見てとっていたのだが私の感覚がどこか歪んでいるのだろうか。
|
|
2015.12.09
今日の日経新聞で報道された‘‘ノーベル平和賞の授賞式に被爆者代表が出席‘‘というニュースは、もうかなり前に発表
されていることではあるが、大新聞での報道は嬉しい。実はこのことを仕掛けたのは、私と私の友人であるからだ。もう5年も前になるだろうか。最初はホワイトハウスのオバマ大統領に何度も手紙を書き、被爆者をホワイトハウスに招き面談してもらいたい、と懇請し続けてきた。ダニエル井上さんの力もあり、実現にはかなりのところまできていたのだが,井上さんが急死されたこともあり話しがしぼみ頓挫した。そこで、方向を変えノーベル平和賞の事務局にアプローチをかけ被爆者をご招待頂けないものか手紙を出し続けてきた。漸く漸くの実現である。
私が国会を離れてからは、埼玉の同志である武正公一代議士に引き継いでもらいたいとお願いし快諾してもらった事が大きかった。この場を借りて謝意を表させて頂きたい。
手前味噌になるが、将来を見据えた仕事はなかなか理解されないが粘り強く努力することでこのように陽の目を見ることもある。しかし、大半は仲間や社会から理解されず終わることも現実で、それでもやりきる、やりぬくという覚悟を持たなければならないのが政治家の責務だと思っている。
|
|
2015.12.06
友達が皆、都合がつかず姉の花美も友達と外出することになっていたので「折角の日曜日なんだから、今日はずっと二人で遊んで」と言われ、政治活動の予定も取りやめて終日朱里と一緒に過ごした。先ず、朝食は二人でデニーズで摂りその後は
ヨーカドーでゲームに付き合った。午後からの恒例のテニスは関係者もいるので休むわけにもいかず、朱里には見学してもらった。2ゲームやった後ではコートが偶々空いていた。そこで、やりたがっていた朱里にボールの球出しをしてやったら大喜びだった。普段は理屈をつけて適当に切り上げるのだが、今日は本人が飽きるまでやってあげようと決意して付き合うことにした。あたりが暮れはじめたら、朱里から「もう5時になるから止めようか」といってきたが、10個程のボールが手元にあり「これが終わるまでもう少しやってから終ろうか」と提案し更に遊んでから、終了としたので本人は大満足だったようだ。「爺君、朱里上手かったよと、お母さん(祖母)にいってね」と言われ、実行した。
わたしも幼いころ近所の在日のお兄ちゃん(わたしはどういうわけか、その人をお猿の兄ちゃんと呼んでいた)に飽きるまで思い切り二人だけで遊んでもらったことが何度かあり今でも、楽しかったという思いが強く記憶にのこっている。何故、私だけが可愛がられていたのかわからないが、近所では私だけが一人っ子だったからかもしれない。その時の記憶がよみがえってきて、朱里との二人だけの時を私自身も楽しませてもらった。
cat:8
|