世界連邦埼玉県支部 | 山根りゅうじ


徒然に

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2016.05.17
蜷川幸雄さん死去の報に接して

 埼玉県民は偶々、川口出身という縁を得て、蜷川さんにさいたま芸術劇場で高齢者による劇団を立ち上げていただき、多くの高齢者に夢や希望、励ましを与え続けてもらうことができた。テレビで葬儀の模様が伝えられていたが、埼玉の高齢俳優のインタビューが少しでも流れてほしかったと思う。それで蜷川さんの新たな社会への貢献が改めて全国的にも知られることとなった筈だ。
 女優の太地喜和子さんが生前、蜷川さんに「お願いですから俳優をやめてください。それでないと私は蜷川さんを尊敬できなくなりますから」と俳優をやめ演出一本の人生を迫った、という話をされていたのを思い出す。俳優としては1流には届かず、演出家として超1流と見抜いての進言だったのだろう。演劇人としては全く未知の人であった小栗旬、藤原竜也を早くから見出し育てた慧眼も又、蜷川さんの超Ⅰ流の証だ。
 歌手の五木ひろしを見出した山口洋子さんは、テレビの10人抜き歌番組で「この人には男の色気を感じます。…・私しかわからないかもしれませんが」とその時評していたのを覚えている。この番組で10人勝ち抜きを達成しⅠ流の歌手としての階段を駆け抜けていかれたわけだが、あの時、私には五木さんの色気なるものが全く理解できずにいたが、その後の活躍ぶりから次第に解るようになってきた。各界の超1流といわれる人々には若手の可能性を見出し、引き出す才能も又、備わっているのかもしれない。
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2016.05.16
三文の徳  得?

朝の散歩でほぼ毎日訪れているテニスコートの庭。この庭の小さな木立の空間は日々変化する様々な生きる者たちの息吹があふれている。さほど広いわけではないが、静かに瞑想しているとき思いがけない光景に出会うことが度々である。論語を毎日読む人や、朝夕お経をあげるお坊さんがおなじ典籍を毎日読んでいても新たな発見や、感動を味わえるように。

庭には半径5~6Mの池が掘られているが、その池の水面に身を乗り出すように柘榴(ざくろ)の幹が突き出ている。今、少しずつ真紅の花を咲かせ始めてきたこの古木は、布を絞ったように幹が何層にも捻じれている。同じく池の辺りに巍々として大木に育ちつつある欅(けやき)の繁った葉の間から差し込んでくる朝の光が、風に揺れる葉に弄ばれるように柘榴の幹の上をクルクル回る走馬灯みたいに明暗を繰り返しながら、撫でるように揺れている。
見様によっては艶めかしくも移るこの老木の幹の上の光の動きは、暫し妄想を掻き立てる妖しい囁きのようにも思えてくる。光は直線でもなく、歪みでもなく、曲線でもなく融通無碍、自由自在にこの社会で営みを繰り広げている。
さあ~今日も癒しの光を受けながら、オルグに出発としよう。
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2016.05.14
舛添都知事の政治資金問題から

私が代議士の秘書となったのは昭和45年であり、小沢一郎、羽田孜,渡辺恒三
といったそうそうたる政治家が昭和44年に当選されて数か月経った頃である。当時、私が仕えたのは旧民社党の代議士であった。それでも他党の秘書の人たちとも若干の交流はあり、様々な情報は届いていた。衆院の秘書は約3年、参院の秘書は6年勤めてきたので生々しい裏情報とやらも嫌でも耳に入ってきた。
そこで一番感じたのは、与党と野党の政治文化の違いであった。衆議院解散となれば県会議員にはいくら、市町村議員にはいくら、といった金が与党では当然のようにばらまかれていたという。また、秘書も無給で仕える人もいたが皆、世話活動で自ら収入を得ていたようだ。つまり今でいう口ききということだろう。さらに地方議員に立候補する際にも地元代議士にお包みを届けたりするのも当然のこととして行なわれていたようだ。しかし、世間も当時、マスコミも含め政界とはそんなとこ、といった受け止め方をしていて問題視する人はいなかった。政治家と金の許容基準は法律以前に時代の風潮によって大きく変わってくる、というのが本当のところだろう。都知事とは参議院の同期生であり、私にとり身近な人なので批判しづらいが時代感覚が少しずれていたのかもしれない。
世界でも日本でも格差解消の決定打は情報開示にあると思うが、一部の人の醜聞で世間は批判眼で政治家の金銭問題を扱いがちだが、この際、全体を俯瞰しどの程度の政治家を国民は求めその代償として、どの程度の報酬を拠出すべきなのかを冷静に客観的に検討してみてはいかがなものだろうか。

2016.05.13
オバマ大統領の広島訪問について

 とても大きな一歩だと思う。核軍縮・廃棄の視点からも、日本国民の歴史認識の上からも、今後のアメリカ国民の歴史認識の上からも、大きな大きな前進だと思いたいしまた、そう努力していくべきだと思う。外務副大臣になる前から、ずっとホワイトハウスに手紙を送り続け、大統領の広島訪問と被爆者のホワイトハウス訪問を実現させてほしいと要請してきた政治家として今回のニュースはとてもうれしかった。その意義については、全ての両国国民の思いを今、表さなくとも訪問するそのことだけを評価しておけばよいのではないか。いずれ、あの訪問が大きかったと歴史家が評価する日が来るものと思いたい。
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2016.05.12
中央政界のこと

 政界再編の折、いつも影のように静かに流れを作り、形を作り、支えていく憂国の人々から「新しい日本の創成について君の意見を聞きたい」との御下問があり、率直にお話しさせていただいた。今までと自分でも驚くほど視点が移り、地方から中央政治を見る目になりつつあり、国づくりも従来になかった発想が私の中に芽生えつつあるのが、自分でもうれしい。

2016.05.08
変わる予兆と予感

 アメリカの大統領選挙でトランプ氏の発言と米国民の反応から、アメリカの今の本音がはっきりと透けて見えてきたのではないか。選挙結果はクリントン氏の圧勝で終わると今でも私は見ているが、選挙戦を通じ世界のアメリカを見る目が変わりトランプ発言により同盟国国民の意識も変化してくる可能性がある。先ず、防衛意識が変化してくる。不安感から恐らく防衛予算は各国とも漸増させてくるのではないか。それが経済にもどう影響してくるのか読みにくいが長期的にはあまり好ましい結果をもたらさないと私は考える。
 次に、文化的影響も起き、脱アメリカ現象が徐々に瀰漫してくるのではないか。そのことは悲観すべきことではなく、各国の文化が見直されそれぞれに多様な華が開かれてくることになるのではないか。信頼し頼り切っていたアメリカが実は疲れきり、むしろ支えなくてはならない国家なのだと気づいたとき,子が親離れするように少しづつ自立心が芽生え、アメリカ離れが進んでくる。しかし、こうした現象が起きてきたときむしろ前向きにとらえ軍事も含め、国連など国際機関の機能強化に向け歩き出せばいいのではないか。
 ロシアとの関係は微妙だが複数回の交渉を最初から予定していることは、評価できる。拉致と北方領土交渉は我が国は何度も何度も決意と期待を持って臨んできたが,いまだ成果が得られず、地団駄踏んできたが今回は少し期待したい。
 アメリカとロシア、加えて中国が様々な面で壁にぶち当たっている状況の中で、世界が大きく転換していくような予兆と予感を体が感じ始めている。

2016.05.07
子供の育ち方

 二人の子供を育て、今また二人の孫を育てているがこの頃、同じ兄妹・姉妹で同じ環境、同じ愛情を注いでも性格等が全く異なるのは、親や家庭の影響とは別に持って生まれた個性に依るのだろう、と思うようになってきた。もっと突っ込んだ言い方をすれば、DNAに依るというより、子が自分で行ってみたい親のところに降りてきていると考えた方がスッキリ理解できるような気がする。そう考えると、親は子供からの責任から解放されるのではないか。もちろん教育や躾けなど一定の責務は親にありこれを全うすべきではあるのだがこれをクリアーすれば、全ては子自身の良くも悪くも自業自得ということなのではないか、と考えるようになってきた。あとは遠くから祈るように暖かく見守っていけばよいだろう、と。

2016.05.06
子供の日の一日

急遽、子供(孫)の送り迎え係をすることとなった。娘、ふみ子が青年会議所のイベントで昭和のファッションショーを企画し責任者だったこともあり、子供にも見てもらいたい思いだったので私がアッシーになり女房と孫を乗せて会場近くまで運んだ。周辺の駐車場はどこも満車で送った後は家にそのままUターンした。私もできれば見学したかったが終日アッシーに徹した。また、上の孫の方が風邪のひきはじめの症状が出ていたので、こっちのケアーもしたりと結構多忙な一日だった。
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2016.05.02
ゴールデンウイークの過ごし方

 孫にどう付き合うかが、この週の過ごし方になる。1~2日温泉でも行くことになるのかと思っていたら計画では日帰りコースの提示が一つだけであった。秋葉原への買い物へのお付き合いである。私が買い物嫌いなのは知っているので、私への要望は結局ゼロとなり放免されたのだが、活動はエンドレスでルーチンワークがしっかり待っていてくれている。今晩も街頭演説11回をこなして今キーボードをたたいている。

2016.05.01
2000回演説のスタート

 10万軒の訪問と2000回の演説を年内の活動目標としているが、その街頭演説が今日からスタートである。苦しくとも自分で決めた目標なので楽しくもある。演説内容はまだ固まっておらず、これから地域にあった話にしていかなければならないだろう。今日の10回の演説は5分から10分かかっているが、5~6分が聞きやすいとスタッフから言われた。数字目標は、心のどこかにある怠け心を粉砕してくれるものだ。
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