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徒然に一覧

芳野地区の人々

更新日付:2016.04.22

 現在の川越市は元々の川越と隣接する9つの村が合併してできた市域を擁している。私の住む南古谷も農村知域であったが、芳野は川越で最も農業の占める割合が高いところである。田畑の面積、収入に占める農業の割合は川越で一番高いのではないか。
 今ここをバイクを走らせてオルグさせてもらっているが、とてものどかでここだけは時間がゆっくりにしか進んでいないように体感している。癒されているような、穏やかな空気に包まれているような感覚がうれしい。

初夏の風

更新日付:2016.04.22

 バイクで風を切ると、頬を走る空気に初夏の気配が感じられる。玄関の軒下に数年前から作られているツバメの巣にどうやら卵が今年も産み落とされたようで、親鳥が巣の淵からこちらをじっと見つめていた。我が家の庭の藤棚の藤の花もすでに見ごろを迎えている。あさきテニスクラブの庭の木々の葉も日増しに数をまし,1葉1葉各々が赤子が両手を大きく広げるように葉の面積を広げている。小枝と小枝の間には、所々に蜘蛛が巣を張り始めてきた。いよいよ初夏の到来である。
 体の奥のほうからわくわく感が漲ってきている。季節の勢いに便乗しようと思う。

熊本地震の支援募金活動に参加して

更新日付:2016.04.18

川越駅頭とその周辺での募金活動を孫も引き連れて展開させていただいた。募金活動にはもう50年も参加してきたが、募金箱を持つ成人男性よりも成人女性へ、、成人女性よりも子供たちの募金箱により多くの寄付金が集まる傾向は、時代を超えて変わらない傾向である。小3,小6の孫と、娘史子の友人の御嬢さん小6の子供さんも参加してくれ思いのほか、多額の御寄附を御協力頂けたことはありがたかった。全額の6万5000円余は早速、日赤に今日、娘史子から振り込ませていただいた。自分にできる何かを継続して考えていきたいと思う。
CAT:い

強力な助っ人登場

更新日付:2016.04.17

 一時間で街中だと100軒の訪問が可能だが、農村部では4時間で100軒ほどの訪問しかできない。しかし、村部では暮らしぶりの事や市政、国政のことなど盛り沢山な話題で盛り上がることが多い。そこで、自分の頭を切り替えオルグの効率を求めるのではなく、種々の情報収集と意見交換を楽しませてもらうこととした。なんとオルグの楽しいことか。
 一方、現実の問題として農家では公道から市道を通り母屋までの距離が長く、徒歩だとかなり時間がかかり体力を消耗するという問題もある。もう一か月も前になるが、中古でヘルメット不要の三輪バイクを友人の自動車屋さんにお願いしておいた。これだと時間的ロスが省けるはずだ。
 昨日、そのバイクと同時にお願いしてあった街宣車が届いた。なんという強力な助っ人だろうか。バイクは法的には普通車となっているんだそうで驚きだが形状は、バイクそのものである。真っ赤にペイントされたわが愛車は、期待以上の者だったので早速、孫に自慢げに披露したら「なんだかピザ屋さんみたい」と言われてしまった。いやこれでいい、これでいいと本気で私は喜んでいるのだが、その心は‘‘
政治家は目立たなくては‘‘との思いがあるからである。

熊本地震

更新日付:2016.04.15

お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。また被災された皆様にお見舞い申し上げます。
明日はわが地に、明日はわが身に、の思いで駅頭に仲間と立ちます。

思わず・・・・

更新日付:2016.04.07

 大正ロマン道り、中央道り、そして一番街を歩いていて思わず、忝さで目頭があつくなった。川越の観光客が年間660万人といわれても実感が掴めなかったが、土日、平日を含めて数日間、自身で歩き尽くしてその数字の意味がわかってきたような気がする。とくに週末の人出は夥しく人々は車道擦れ擦れを注意なく、行き交っている。
 日本全国、多くの商店街が人さびしくシャッター道り化している時代に在ってこの賑わいは奇跡的にも思える。多くの先人が積み重ねてこられた礎のうえに、我々の今日があることに思いを馳しておかなければならない。ありがたい、ありがたいと独り言ちて私は数日間歩き続けた。

‘‘生きる‘‘をテーマにした討論会に参加して

更新日付:2016.04.04

  一般社団法人 プレシャスライフ主催の討論会にパネラーとして出席した。人と動物地球を守ることをテーマに活動を続けるこの団体とのご縁は、動物愛護運動のつながりである。昨日の企画はピアノと歌、語りを見事に融合させたショウの後にパネルディスカッションという組立であった。バイク事故で体の半分を火傷し顔面を崩してしまった古市さんの壮絶な半生を歌手AKIRAさんが自作の音楽とコラボして歌い上げ、多くの観衆が滂沱として涙を落とし感動に打ち震えていた。そうした後での討論だったのでそのまま緊張が引き継がれていた。
  命、環境、動物について語ってほしいという注文にどれくらい答えられたか判らないが
自分なりに話させてもらった。歌手AKIRAさんの歌の歌詞にあった「私は光、私はあなた、わたしは神」というフレーズに感動を覚えたので、この言葉に繋いだはなしをさせてもらった。

ささやかに乾杯

更新日付:2015.12.31

 先述したノーベル平和賞の授賞式に通訳として出席した友人の桐蔭横浜大学の阿部憲二準教授夫妻と会食した。凡そ5年をかけて実現した被爆者の方を権威ある国際舞台に派遣しようという目標、夢を実現したことを互いに喜び合った食事会であった。オスロからの細かい帰国報告も聞かせてもらったが、お連れしたお二人が80前後のご高齢であったので先ずは無事に帰ってこれたことに安堵した。そして継続は力なりだねと、三人で静かに乾杯して喜び合った。
 CAT:1

新国立競技場の決定について

更新日付:2015.12.22

 先ずは一安心である。‘‘木と緑のスタジアム‘‘で伝統的な和を創出する、との意味がある
という。専門的なことは解らないが、日本的であることが大切なのだ。国会議員時代のメルマガに書いたことがあるが、日本の迎賓館のようなベルサイユ宮殿を真似たような建物は所詮本物には勝てはしない。外国のお客さんが望むのは、期待するのは、飽くまでも日本の文化の香りなのだと思う。このスタジアムで精々日本的なるものを現出させてもらいたいと思う。

時代の中の人々

更新日付:2015.12.11

 野坂昭如さんが亡くなり新聞の特集記事を
いくつか読んだ。70年の安保騒動のころの論客の一人というイメージが私には強い。野坂さんとほぼ同世代の著名人たちは一様に個性が強く魅力を持つ人々で百花繚乱の世代と言えるのではないか。五木寛之、石原慎太郎、大島渚、野末陳平、小田実、なだいなだ・・・・・年齢に記憶違いもあるかも知れないがこの世代の人々は、敗戦の混乱の中で様々な屈折を味わい大声で自己を強く主張しなければ自身の存在の意義に不安でたまらなかったのではないか。一匹狼であることに満足する、どこか耽美的な異形の自己愛を私は見てとっていたのだが私の感覚がどこか歪んでいるのだろうか。

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