| ■国の改革への私の決意 | ||
| 20歳のとき、政治に志を持ち、一貫してこの道を歩んできた私にとって、国政は最後の舞台という感慨があります。 地域での活動を重ね、サラリーマンとなり、仕事で悩み楽しむ経験を経る中で、地方政治家となり、更に国政の改革に取り組める機会があれば…・と思っていたからです。 私の経歴は別掲の通りですが、必ずしも政治生活が順風満帆だったという訳ではありません。 自身の難難辛苦を筆にすることには、やはり遽巡がありますが、様々な人生の経験が、今日の私を築いてきたことに間違いはありません。 |
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| ■参議院の役割 | ||
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さて最近、参議院不要論なるものもありますが、私は参議院の存在意義というものは、衆議院と違い、任期途中に解散という事がなく、じっくりと国の行く末を見定めて、真の国家改革に取り組める場であると考えます。 特に外交・防衛・教育・環境政策は政局に左右されずに議論を深めて、しっかりとした国の方針を確立する分野です。 若い時代、衆・参両議院の秘書を経てきた経験からも、この事は確信できます。 中国の古典に、最も評価できる政治とは、『誰が政治を執り行っているかは分からず、暮らしが豊かで安心のできる社会の確立』と書かれています。 マスコミが成熟し、情報社会が到来している今日では、前段の話は隔世の感がありますが、政治家がもう少し歴史に対し、大きな時代の流れに対し、謙虚である必要はありましょう。 後段の話は、現代に対する痛烈な皮肉かもしれません。「暮らしの豊かさとはホンモノですか?」「自身の生活だけでなく、人類の健全な生存にも自信をお持ちですか?」と私の耳には聞えてきます。 モノばかりではなく心への満足も政治は配慮すべきでありましょう。 自分ばかりでなく他者への幸福の願いも共生社会の理念であるとすれば、国の内外を問わず、私たちの為すべき仕事は山のようにあります。 私は真の国益の追求と世界連邦も視野に入れた世界の恒久平和の為に全力を尽くします。 |
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