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2010年 4月30日 やまねりゅうじメールマガジン 「少しの遠慮が大人の証し?」 「欠落の話」他
2010年 4月22日 やまねりゅうじメールマガジン 「新党結成雑感」 「励まされる地方選挙での"民主勝利"」他
2010年 4月15日 やまねりゅうじメールマガジン 「民主党とマニフェスト」 「一流政治家の証し」他
2010年 4月 8日 やまねりゅうじメールマガジン 「黄長�Yさんのお話」 「気になる新党結成」他
2010年 4月 1日 やまねりゅうじメールマガジン 「責任発言」 「幼児と高齢者」他

 2010年 4月30日 やまねりゅうじメールマガジン 「少しの遠慮が大人の証し?」 「欠落の話」他

◇個性ある答弁(4月26日)

普天間基地の問題は、私自身にも色々な思いや考えがあるが、私の立場から今、それを述べることは出来な
い。

参院の外交・防衛委員会が開かれると直接、関係のない議案審議であっても、必ずこの問題がとり上げられ
る。とくに、自民党のテレビ出演も多く、高名な山本一太議員と髭の自衛隊隊長から参議院議員となった佐藤
正久議員からは、執拗に政府の対応に対し、厳しい質問が繰り返されている。お二人は外交と防衛の専門家で
あり、舌鋒(ゼッポウ)鋭いものがある。

これに対し、岡田外相と北澤防衛相の答弁は対照的だ。一言で言うと、外相答弁は素っ気なく、防衛相答弁
はご自分の感情を入れ込んだものとなっている。

例えば「新聞報道では、総理は○○○と言われているが・・・」といった質問に対し、「新聞報道に対し、
いちいちコメントする立場ではない」という類の答弁を外相はする。これに対し、防衛相は「総理は多分、○
○○といった思いでご発言されたのではないか」という答え方をしている。又、野党側の激しい野次に対して
も、外相は大概無視しているが、防衛相は過敏な反応をして逆に野次り返すこともあった。

参院の本会議場では、私の真後が北澤防衛大臣なので、私の上記の感想を述べたら、「そうだね。二人足し
て2で割ると良いのかもしれない」と笑っておられた。

それぞれの個性が答弁でも滲み出ているが、外相答弁は無難であり、野党側からすると、突っ込みづらそう
である。これに対し、防衛相の答弁は、感情を表に出される場面が多いので、二の矢、三の八を放ち易いかも
しれない。

先日、ある議員から「我々は隣の委員会で静かに議論しているが、外務委員会はいつも激しそうだね。大き
な怒声がしょっ中聞こえてくるよ」と言われたが、6月16日の会期末まで、まだまだ激しい攻防が、わが外
交・防衛委員会では続くことになりそうである。二人の有能な実力大臣の答弁で何とか、提出議案を全て今国
会で成立させるべく乗り切っていきたいものである。


◇今年のゴールデンウィークの過ごし方(4月28日)

連休をどう過ごすか、女房と何度か話し合ったが、なかなか結果を出せずにいた。結局、二人とも忙しいの
で、旅行などはせず、原則、地元で過ごすことになった。女房の方は、5月14日のパーティーの準備で精一
杯、という。私の方も選挙関係の用事や、溜まっている事務処理、資料の整理で多分、アッという間にゴール
デンウィークを終えることになるだろう。

ただ、孫が来て県内の遊園地などに付き合わせられることはあるかもしれない。これは我々、夫婦にとって
慰労というよりボランティア、奉仕という感じである。しかし、老後、孫との関係をより楽しいものとするた
めの布石、貯金のようなものでもある。


◇少しの遠慮が大人の証し?(4月29日)

28日の参院議員総会で蓮舫議員が「選挙に勝つ環境が整っているだろうか」と発言した、との報道があった
が、これは確かだ。もう少し長い言葉があったが、趣旨はその通りだったと思う。

これは明らかに政治的には党幹部、とくに小沢幹事長を意識したものだったに違いない。

しかしその後、直ぐに谷岡郁子議員からは、逆の立場からの発言もあったのだが、こちらの発言は全く紹介
されていない。細かい内容は憶えていないが、彼女の発言は明らかに執行部や小沢幹事長を擁護する意味のも
のであった。

私も以前、議員総会で当時、代表だった小沢幹事長を擁護するというより、「党幹部による小沢批判はおか
しい。筋が通らない」という立場から発言した事があったが、当日の夕刊や翌日の朝刊で私の発言内容が報道
されることはなかった。報道はやはり、ある意図を隠しながら婉曲に表現する事も止むを得ないと思うが、今
回の場合、谷岡発言も報道しておいてもらいたかった。

議員総会の後、院内(国会の中)の廊下を歩き乍ら、私から谷岡議員に「(蓮舫議員も含め)今回、二人と
も遠慮がちな発言だったね。大人だねぇ」と言ったら、彼女は明るく笑った。「もっとも、強い二人が真正面
からぶつかったら、大変なことになっちゃうだろうね」と言ったら、笑い声は更に高くなった。


◇欠落の話(4月30日)

第81回埼玉県中央メーデーが大宮・鐘塚公園で開かれた。前線の影響で強風が吹き荒れていたが、途中退
場する人もなく例年のように盛会であった。

壇上では、演台やマイクが風でグラグラになったり、きれいな春の花々が鉢に入れられ並べられていたが、
吹き飛ばされそうで全部の鉢を倒して並べかえるなどして、テンヤワンヤだった。

私は党県連代表として初めてメーデー会場で挨拶させてもらったのだが、スピーチが終わり、大切なことを
言い忘れてしまったことに直ぐ気づいて、少々、落ち込んだ事があった。それは参院選のことなのだが、埼玉
選挙区候補予定者のお願いはしたものの、連合組織内の比例候補予定者の皆さんのことに触れなかった点であ
る。

幸い、島田智哉子選挙区候補予定者が、決意表明の中で、自分だけのことでなく、連合組織内候補予定者
(比例区)のことにも言及してもらえたので、事無きを得られた。

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 2010年 4月22日 やまねりゅうじメールマガジン 「新党結成雑感」 「励まされる地方選挙での"民主勝利"」他

◇動物指導センターの視察(4月17日)

昨年の秋頃だったろうか、一度、犬猫が殺処分される実態を知ってもらう為にも動物指導センターを視察し
て欲しいと愛護運動に熱心に取り組んでおられる方から要請を受けていた。なかなか時間もとれずに年を越し
てしまったが、昨日、4月16日、埼玉県熊谷市にある動物指導センターを視察させてもらった。

このセンターでは、動物愛護普及啓発活動と動物の正しい飼い方普及啓発業務等を行なっている。具体的に
は、人と動物のふれあい教室を開いたり、愛犬のしつけ方教室を開いたりしているが、この他、職員の方自身
も辛い思いをされているが、犬猫の殺処分の仕事もある。

殺処分はここでは、年間、犬で2,345匹、猫で3,843匹となっているが、啓発活動の効果も出てき
ており、犬の処分はこの4年間で半減しているという。

埼玉県内では、殺処分を減らそうと16の認定団体が譲渡団体として登録されていて、処分前に約一割程の
犬猫を引きとっている。引きとっても、もらい手からは、やはり、若い元気なもの、そして、従順で飼いやす
い犬猫が求められているといい、老いたもの、猛々しい犬猫は選からは漏れているようである。

殺処分ゼロを実現するのには、どうしたら良いだろうか。避妊手術や譲渡制度の拡充やら、いくつかの手段
があるが、一朝一夕にゼロに到達できるものではないだろう。過渡的な措置として殺処分は避けられないが、
それならせめて、どうしたらより、痛みや苦しみ、恐怖を減じられるか、充分、考慮されるべきである。世間
一般の人々の感覚からは、殺処分の在り方の議論はなじまないだろうが、現実には殺処分機の老朽化により、
苦痛や恐怖の時間が長くあると言われており、一刻も早く、設備投資を促進すべき事態に今、至っていると思
う。

今日の視察で現場の生の状況から多くを学ぶことができ、20項目程のメモを私は書いてきた。これらを基
に今、何をすべきかを考え、政府には建設的な提案を行なっていきたい。


◇桜を観る会に出席して(4月19日)

17日(土)、鳩山総理主催の桜を観る会が新宿御苑で開かれた。今迄も案内を頂いてきたが、ずっと欠席
していた。どうも野党議員の立場で参加することに、どこか抵抗感があった。この日は明け方だろうか、雪が
パラついて辺り一面の雪景色となっていたが、直に雨に変わり、御苑の雪化粧は、まだらなものとなっていた。
それでも雲間から陽が差してきた10時頃までは、寒さも残り、コートなしではいられなかった。

式典会場は幾重もの人並で囲まれ、鳩山総理の挨拶は耳に届いてはいたが、その姿は人垣の合間から漸く見
ることができる程の人だかりだった。

もう桜も散り、葉桜を見るばかりと思っていたが、それでもまだ、八重桜など幾種類かの花々が美しく咲き
誇っていた。私は、日程が詰まっていて、早々に会場を後にしたが、顔見知りの野党議員の姿を見ることはな
かった。やはり、野党時代の私のように、時の政権の与党議員でないと、どこか来づらさはあるのかもしれな
い。

来年の桜を観る会がもう少し暖かい日よりだったら、ゆっくり式典の後、苑内の花をじっくり見て歩きたい
ものである。

先に行われた天皇陛下主催の園遊会に私は欠席したが、出席していた議員の話では、浅田真央ちゃんが来て
いて大人気だったそうだ。

桜を観る会にも多くの著名人が来ていたが、テニス愛好家の私としては、杉山愛の着物姿を見られたことが
嬉しかった。


◇田中直紀代議士の国政報告会(4月20日)

新潟県の長岡駅から車で50分程の柏崎市にある市民プラザが、田中直紀参院議員国政報告会の会場である。
去る18日、私はこの集会で、田中直紀議員の応援弁士を務めさせて頂いた。聞くところによると、民主党入
党後、今年7月に行われる参院選を前にした政治活動としての集会では最初の大規模なイベント、とのことで
あった。

田中直紀議員は、現在、参院の外交・防衛委員会の委員長としての要職にある。私は、その外防委員会・民
主党の筆頭理事であり、田中議員とは与党としては、その連携が極めて肝要であり、委員会運営にとり、2人
のコンビネーションの成否が議案の成立に決定的な影響を及ぼす。

幸い、田中委員長の人柄は類い希といえる程の温厚さがあり、私との間では阿吽(アウン)の呼吸で仕事をさ
せて頂いている。

さて、国政報告会では、私と藤谷参院議員が、スピーチをさせて頂いたところで、予定にはないハプニングと
して、田中眞紀子代議士の突如入場があった。

田中眞紀子代議士は、「お父ちゃん、2分だけちょうだい」と言って登壇し、20分程、奥様としての立場か
ら熱弁して会場を沸かせた。

東京駅から新幹線で新潟へ向かうところ、これから小沢幹事長が新幹線に乗り込むという話を聞きつけたので、
幹事長に対する市民の反応を見てみたかった、と冒頭話された。結局、時間が間に合わず、新幹線に眞紀子代
議士は急ぎ飛び乗ったというが、流石、目の付けどころが違う。つまり、小沢幹事長に対し、国民からガンバ
レコールが多いのか、批判的なコールが多いのかを見届けてみたかったという。そして、党の今とこれからを
占ってみたかったのだと思う。


◇新党結成雑感(4月21日)

続々と新党が立ち上がってきている。わが党に必要なのは、新党の動きが気にならない訳ではないが、今、
しっかりと党内が結束していることにあると思う。

よそ様のことであるが、新党が次期参院選ばかりでなく、中長期で成功するか否かの鍵のひとつは、陰役に
徹しられる者がいるか否か、あるいは何人いるかにあると私は思う。

陰役とは、嫌われ役、汚れ役、叱られ役等地味な立場の人々を言うが、ある政党などは、目立ちたがり屋さ
んばかりで、党内のまとめ役がおらず、とても長続きするようには思えない。もっとも、参院選で勝利し、そ
の中から謙虚で先ずは他者を立てる有能な人材が輩出される可能性は否定できないのではあるが。


◇励まされる地方選挙での"民主勝利"(4月22日)

民主党に逆風が吹いている中で、埼玉県春日部市議会議員選挙で民主党公認候補の矢島あきよしさんが、4
位で上位当選を果したことは、党県連の立場からホッとした安堵感を与えられる思いだった。できれば、これ
からの参院選・統一地方選に向け、反転攻勢への新たなスタートにできればと思う。

又、無所属で私と青春の熱い時、政治運動を共にしてきた同志である井上えいじ君が、初挑戦で初当選を同
じく、この春日部市議選で果してくれたことも大きな喜びである。個人の思いとしては、民主党の矢島議員と
仲良く連携した議会内外での活躍を期待したい。井上議員は、60才からの政界への転身であり、同世代の人
達に大きな励ましともなったのではないだろうか。

アメリカの詩人サミュエル・ウルマンの"青春とは人生の一時期のことではなく心のあり方のことだ"という
言葉が浮かんだ。

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 2010年 4月15日 やまねりゅうじメールマガジン 「民主党とマニフェスト」 「一流政治家の証し」他

◇作家 井上ひさしさんのこと(4月10日)

何冊か井上ひさしさんの小説は若い時に読んでいるが、あまり思い出せない。
“ブンとフン”という小説は、とにかくおもしろかったが、内容となると、記憶が蘇ってこないからシャク
だ。昔読んだ小説というのは、その内容となると、ほとんど思い出せないものなのだろうか。人に言われると、
『あっ、そうだった』という程度の記憶の回復でしかないのは淋しい。読書も人生の貯蓄みたいなものだろう
が、通帳からいつの間にか記録が消えていく感じでもったいない気がする。
井上さんには、お会いしたことはないが、作品やお顔から、『この人は絶対に良い人』という感じはずっと
変わらない。但し、氏の政治的発言については、私と意見を異にすることが多かったように思う。それでも理
想主義者としてご自分なりに反権力の立場で発言していた姿勢に、私は心の中で一定の敬意を表させて頂いて
はいた。
ご冥福をお祈り申し上げます。


◇民主党とマニフェスト(4月12日)

マニフェストの見直し作業に党はとりかかっている。国民生活研究会・成長・地域戦略研究会、地域主権・
規制改革研究会の3ッのグループに分けられていて、議員は誰でもがどの研究会に入ることも可能だ。
私は、一応全ての研究会に申し込んでみたが、予め解っていたことではあるが、とても皆勤、という訳には
いかない。とり合えず、配られる資料だけは全部スタッフに頼み入手しているが、なかなか、読み込むことも
できないでいる。しかし、近い将来はきっと役立つだろうと、とり合えず書類棚に整理しようと思っている。
元々、ヨーロッパに於けるマニフェストは、日本のように期限を設定し、数値目標を示し、財源を明らかに
するという、厳しい3点セットを具備したものではない、と言われる。
野党時代につくったマニフェストに関し、与党となってからの国民の我が党への期待に変化はないのだろう
か。今回の参院選を前にした時点では、もう間に合わないが、やはり、マニフェストの意味を党内でもう一度、
しっかり議論し直すことも必要かもしれない。


◇一流政治家の証し(4月13日)

一流の政治家に共通している資質は、いくつもあるのだろうが、そのうちの1ッは間違いなく少々のことで
心を乱すことなく、安定した心を保っていることではないだろうか。
去る3月30日、都内で参院予算委員会のメンバーで懇親会をしていた時、突如として鳩山総理が会場に入
ってこられた。メンバー十数人だったが、勿論大歓迎となり、総理も時間が経つにつて、寛(クツロ)がれ楽
しいひとときを過ごされたが、考えてみると、翌日はクエッション・タイムであり、自民党の谷垣総裁、公明
党の山口代表との党首討論を控えていた。それでも敢えて、我々の夜の懇親会に顔を出してもらえたことは、
我々、予算委のメンバーにとって、嬉しい出来事であった。普通の政治家感覚であったら、翌日のことを考え
たら、とても懇親の席に長居することはあり得ないだろう。
鳩山総理の余裕というより、良い意味で図太い神経を見る思いがした。
今夕、正副幹事長・党務委員長代理の懇親会が開かれた。小沢幹事長が入ってこられる会場の出入り口に、
多くのマスコミ関係の記者の人達が取材に来られていた。どんな会合でも幹事長が出席した時は、帰り際、出
入り口で、記者の皆さんからは、いつも、「小沢幹事長はどんな様子でしたか」と異口同音に聞かれる。しか
し、幹事長は、どんな逆境の中に在っても変わることなく、平常心を保っているようにしか、私には思えない。
鳩山総理も小沢幹事長も困難な状況に在っても平静さをずっと保たれていることが、私は率直に“スゴイ!”
と思う。


◇幸福づくり(4月14日)

国民生活・経済に関する調査会で“幸福度の高い社会の構築について”と題し、一人、5分程度を与えられ
自分の意見を述べる機会があった。幸福について改めて考えてみるのは、青春の熱い時期以来、という人もい
たであろうが、皆、一様に照れることなく、各自の思いを語った。
私は予め考え方をまとめていた訳ではないので、発表順位5番目の位置に計算して座った。つまり人が語っ
ている時に考えをまとめるためである。どうも半分位の議員しか、予めしっかりとしたメモを用意していなか
った様子だ。それでも皆、参考人の先生方からのお話も聞いているので、元々、持っている議員各自の知識や
見識を織り交ぜて、それぞれがオリジナルな見解を披瀝していた。
私は、幸福の絶対条件は3ッだと指摘させて頂いた。1ッは、個人の経済力にあるのではないか。世界各国
により事情は違い、経済が全て幸福感に直結してはいないが、必要最小限プラスαの経済力は必要だろう、と
述べさせて頂いた。
2ッは、健康ではないか。肉体的、精神的健康を保つのには、西洋医学中心の医療から世界各国にある伝統
医療を西洋医学と融合させた統合医療の推進が必要であると主張させて頂いた。統合医療の導入は、治療医学
から予防医学に大きく舵を切ることを意味し、心のケア、癒しをも包含する医療の到来である。
第3には、他者への奉仕が人間の究極的な心の満足につながっているのではないか、という点である。これ
を国家として制度的に捉えることもできるのではないか。奉仕への場づくり、チャンスづくりも施策として考
えられる筈だ。
又、これからの福祉社会は、国民相互が協力し助け合う、見える形のシステム、制度設計が必要であるだろ
う。例えば、故郷から離れた街であっても、その地域での介護等の福祉貢献活動が、故郷の両親や祖父母に還
元できる制度設計はどうだろうか、といったことを提案させてもらった。


◇恐ろしい空想(4月15日)

核安全保障サミットが閉幕した。核を使用するテロを最大の脅威としてとらえ、今後、4年以内に核管理の
徹底を目指すという宣言を採択した。しかし、これは義務を法的に課す、というところまでには至っておらず、
“徹底”には疑問符がつくが、それでも大きな一歩前進である。
翻って、核保有国が、核を保有することでそっと享受してきた外交的果実が、逆に、それまでの一切の利得
を失うだけでなく、更にケタ違いの国家的損失を被るかもしれないというパラドックスが生まれはしないだろ
うか。
恐ろしい仮定ではあるが、核がテロリストの手に渡るような事があったとしたら、その瞬間、核の抑止力は
失われる。核保有国は莫大な予算を注ぎ込み、国家の威信をかけて核開発に着手し、漸く保有するに至ってい
る訳で、核保有国のリーダーは、別の意味で外交的特権、カードを失うことの恐怖もあるのではないか。
更に、想像を広げて、仮に核テロリストが恫喝で全ての核保有国に核廃絶を要求した時、保有国はどう対応
することになるのだろうか。そして、非保有国の人々は、核テロリストをどう評価するのだろうか。
人類にとって、核兵器は結局、パンドラの箱だった気がしてならない。
テロという非人道的行為を防止することは、核保有国、非保有国が総力を挙げて取り組むべき喫緊の大課題
であり、わが国も率先して国際社会に貢献すべき役割があることは言うまでもない。

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 2010年 4月 8日 やまねりゅうじメールマガジン 「黄長�Yさんのお話」 「気になる新党結成」他

◇保守の心とお行儀(4月2日)

自民党は本当に保守なのだろうか。保守や革新という言葉は明確な定義は無いだろうが、漠としたイメージ
はある。

保守という語感からは、少なくともわが国にある伝統的な価値を守ることに重きが置かれているというイ
メージがある。
更に自民党内には長幼の序というものもあったと思う。しかし、野党となった自民党の若手議員の中には、総
理や大臣に対し、平気で人格を無視するような野次を放つ者が出てきている。わが党が野党時代、野次もある
一定の範囲は決して超えない、という自制力が働いていたのではないか。

自民党の若手・中堅議員が自民党の党内改革を叫んでいる姿が、テレビや新聞を通じて国民に報じられてい
る。その中で河野太郎議員は、森元総理や青木幹雄参院元議員会長に政界引退を求めているが、もう少し一定
の敬意を払いながら発言しても良いのではないか。

「もし自分が選対本部長なら青木さんの首を最初に切る」と語ったが、『後進に道を』とか『党改革の為に
自らのご英断を』といった表現はできないのだろうか。党は違うが、一定の日本政界で役割を果たしてきた先
達に対する言葉づかいとしては、私は穏当を欠き、聞き苦しいのだが、この感情は私の深情けなのだろうか。


◇黄長�Yさんのお話(4月5日)

都内のホテルで北朝鮮元労働党書記・黄長�Y氏の話を聞かせて頂いた。話の内容は、オープンにしてもらっ
ても良い、とのことであったが、やはり遠慮させて頂こうと思う。私なりに細かくメモをとらせてもらい、読
み返してみたが、自分のペンから発信するには重すぎる内容である。


金正日総書記のこと、中国の動静、日本人妻のこと、拉致のこと、そしてその解決策の提言は、とても参考
になり勉強になった。今迄、考えたこともない内容もあり、しかも、説得力を持っていて、黄長�Yさんが政治
家としても第一級の人物であると得心した。北朝鮮に残されたご家族のことを聞かれると、言葉を詰まらせな
がら、悲しい情報を把握されていることを語られていた。ご家族も含め、生命がけで、北朝鮮の解放を願って
の亡命とその後の発信行動の勇気には心からなる敬意を表したいと思う。


◇気になる新党結成(4月6日)

参院本会議場に入る際、何人かの議員に平沼新党に参加するのではと思われている数人に、声がかっている
のか否か、聞いて見たら、一様に「誘われたけど・・・」と語り、水面下ではかなり参院でも色々と動きのあ
ったことが分かった。

政治家は、自分の理念で基本的には政党を選んでいる筈だが、現実には、当選不可能の政党に籍を移すことは
あり得ないだろう。今日の新党結成に対する世間の評価は厳しいが、まだまだ見えないところがあり、大きく
化ける可能性も今の段階で否定すべきではないだろう。一番気になるところは、全国的にあるいは、埼玉に於
ける参院選にどのような影響があるのか、ピリピリしながら、成り行きを見守らせてもらっている


◇小さな決心(4月7日)

机の上が今、書類で埋まりお茶を置くスペースも無くなってしまった。昼間、会議が続き、夜が集会や会議
等が入ると全く片付ける時間がなくなってくる。
愈々となれば、休日、上京して来なければならないが、それとても、このところタイトな日程で厳しい。かと
いって何日も放っておくと、大きなミスにつながりそうで恐い。私の性格的な問題もあり、書類の整理は大の
苦手な分野の仕事だが、もう何とかしなければならない程、ギリギリ状態となってきた。深夜か早朝か土・日
の日程をやりくりして、気合いを入れ処理していかなければならない。

未だ与党議員としての仕事に戸惑っているが、もう自らに言い訳できない。


◇参院外交防衛委員会という舞台(4月8日)

参院外交防衛委員会では、条約の批准に向けた議論をすべきところでさえ、沖縄の問題等、本来、議論すべ
き課題でない問題について多くの時間が割かれている。私自身が身を置いてきた委員会とは随分、異なる質問
の内容であり、未だ戸惑いがある。与党からは、政権交代以前は、「民主党も同様だった」と言われ、事務方
に確認したら、どうも事実のようである。しかし、「過去は過去として、おかしい事はやはりおかしい」と主
張しているが、なかなか話が通らない。

外防委員会は、ずっと与野党激突の場となってきた舞台であり、私自身も感覚を変え、慣れ、耐えていかな
ければならないのだろう。民主党筆頭理事として、私流に誠意を持って委員会運営に力を尽くしていくしかな
い。

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 2010年 4月 1日 やまねりゅうじメールマガジン 「責任発言」 「幼児と高齢者」他

◇映画"クロッシング"を観て(3月26日)

北朝鮮からの脱北者を描いたこの作品を試写会で見せてもらった。上映前には、キム・テギュン監督の挨拶
もあった。

炭鉱の町に住んでいた元サッカー選手とその妻子は貧しいけれどそれなりの明るい暮らしをしていた。しか
し、奥さんが肺結核で倒れ、ご主人は薬を手に入れる為に仕方なく脱北を決意し、中国に入り、更に韓国へ渡
った。漸く働いて購入した薬を闇組織を通じて家に届けたが、その時、既に妻は死亡していた。

10才程の息子も母の死後、命がけで脱北するが、漸く辿り着いたモンゴルで、水も食糧もなく草原をさま
よい歩き、力尽きて命果てるという悲劇のドラマである。

強制収容所を描いた場面があったが、そこで行われていると言われる拷問シーンはなかったことでホッとし
た気分にもなったが、逆に映画としてのアピール性はどうだったのか、という気も若干はする。

国会で日本人妻が拷問により命を失うという情報により政府に対応を求めた時、岡田外務大臣と北澤防衛大
臣にも映画を鑑賞して欲しいと要望しておいたが、試写会には来られなかった。是非とも一度、観ておいて欲
しい映画である。


◇責任発言(3月29日)

同じ言葉を使っても、誰が口にしたかによって軽重(ケイチョウ)が違ってくる。政界でも、政府に於ける
総理や大臣が語ると国の決まり事が形づくられてくることにまでなる。続いて副大臣や政務官の言葉も重いも
のとなっている。

党にあっては、小沢幹事長やそれぞれの役職に応じて影響力が違ってくるので、野党時代と異なっているこ
とを我々は自覚しなければならないのだろう。副幹事長である生方氏の党内批判、いわゆる"生方発言"につい
ては、既に決着した問題であり、私自身の詳細な見解は避けるが、私は一貫して、同世代の彼の言動には批判
的だった。「然るべき場所を選んで」「然るべき責任を果たした上で」というのが、組織の中で発言し、主張
する上での絶対条件だと私は思う。加えて"筋"を通した行為である事も大切なのではなかったか。

副幹事長は一人増え、15人となったが、外へ向けての発信にはやはり重い責任と影響がある。場合によっ
ては、党の盛衰にも直接、影響を及ぼすのだから、慎重の上にも慎重な行動が求められているのではないか。


◇幼児と高齢者(3月30日)

2週間程前、娘と孫2人が家に来ていた。さぞかし、去った後は淋しい思いになるかなと、自身の心を推し
量っていたが、女房共に仕事が忙しく、そんな感傷に浸っている暇もなかった。孫達も娘に、「絶対帰りたく
ない」などと言っていたが、帰ったら帰ったで、父親と又、楽しく遊んだりしていたようで、「古市場(私の
家)に行きたい」などとは言っていなかったという。いっ時、いっ時の思いを忘れるのも大切なことで、特に
幼児は直ぐに忘れるもので、泣いていたと思ったら、瞬時に笑い声を立てたりする。

喜怒哀楽を一日のうちに何度も繰り返すエネルギーはすごいものがある。わが家に幼児がずっといると、安
全確保に気を遣ったりで疲れるのも間違いないが、もしかしたら自然と別の種類の生命力をもらえているのか
もしれない。

地方自治体などで、幼児と高齢者の方々との何か融合をはかる施策をもっとあちこちで試みていったらどう
だろうか。


◇初めての断食経験(3月31日)

痩せる目的ではなく、健康増進という思いで挑戦した3日間の断食。オーソドックスなやり方は、食事も漸
時、3??5日間をかけて減らして断食に入り、3日間を終えたところで又、お粥などで次第に通常の食事に戻
していくもののようだ。ところが私の場合、前日に食い溜めとばかりに目一杯満腹にさせ、断食後も一気にも
りもりと食事を回復させているので邪道だったのかもしれない。

結果は、私が期待していた肌が若返り艶々としてきたり、お腹の脂肪が燃焼してきたりといった、奇跡的な
ことは起こらなかった。しかし、体重の方は3日間で4kg強減量させることができ、一応の成果を手に入れ
ることができた。

3日間、ジッと食事というものがいかに暮らしの中で大切なものか。生きる大きな楽しみなのだと、しみじ
み理解することができた。家に帰るとイヤでもテレビを目にするが、CMや番組の中で食べ物が取り上げられ、
これでもか、これでもかと私の決意を試すように意地悪をされている気がしてならなかった。


◇力を失った愛の言葉(4月1日)

結婚してから今年でもう31年になるが、毎日のように「愛しているよ」「きれいだね」と私は女房に言い
続けてきた。若い頃はそれなりに喜んでいてもらえたのだろうが、この頃ではネコの鳴き声ほどの意味しかな
いのかもしれない。「あの??」と私が言いかけると、「『愛している。きれいだね』なんでしょう。それで用
事は何なの」などと茶化すように言われたりしている。

先日、「さあ、久しぶりに外で食事しよう」と誘ったら、「急には出られないわよ。お化粧しなくてはなら
ないし」と言うので、「化粧なんかしなくても、お前は綺麗だから、そのまま出てもいいじゃないか」と言っ
たら「もう騙されないわよ」と一言。私はじっくり妻の身支度を待つしかなかった。

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