山根りゅうじ|川越市政をガラッと変える市民の党|元参議院議員 元外務副大臣


トピックス

徒然に一覧

2017.07.19
日野原重明先生の思いで

 聖路加国際病院名誉院長を務められていた先生には、私が力を入れていた統合医療の議員会議で講師をお願いしたところ快くお引き受けいただき、音楽による健康療法についてお話し頂いたことがあった。当時、99歳の時であったと記憶しているが、杖もつかず歩いておられた。先生ほどの方の講演では講師料は50~100万円が普通だろうが、民主党の部会には大した予算もなく3万というとてつもない安い講師料でお願いしたはずだ。金や名誉といった世俗の欲望とは遠いところに最初から行っておられたであろう日野原先生にとって、党派への囚われも、金銭への囚われも全くなく、統合医療への貢献だけが脳裏にあっての講師、ご快諾のご返事だったと思う。

2017.07.12
国民とマスコミの責務として 

 自民党と安倍内閣の支持率が下がる中で民進党をはじめとする野党の支持率が上がらず、受け皿政党がないという不幸を嘆くかのような報道が目に付く。連立政権時代に突入してから、雨後の筍のように政党が生まれては消えるというパターンが定着してしまっている。既存政党を批判し一時の注目を浴びるが、政策理念が未成熟であったり、‐トップリーダーの資質に問題があったりと長続きがしない。今また、小池新党が胎動しているが、恐らくまた数年の寿命となるのではないか。ただし、小池さんだけでまとまるのではなく、大きく政界再編の渦を起こし連合などの確かな組織までもこれを支えるとなれば話は別だが、ハードルが高く困難・無理筋の話かもしれない。 
 私は今、民進党の党員ではなくフリーの立場で政治活動をしているがやはり民進党へのシンパシーは強いことは事実だ。だからこそかもしれないが、自民党にとって代われる政党として民進党をマスコミと国民の皆さんに長い目で育て上げていってほしいものだと、つくづく思う。政策立案能力は今でも他の政党を圧倒しているのではないか。懐の深い器の大きい人材が少ないというところが一番の弱点だと思うが、今しばらく温かく見守ってほしいと思う。

2017.07.10
変わらず求められている政治家の資質

 取りあえず自分のことを棚に上げて書いてみたい。 
豊田真由子代議士は政治家としてもう十分に、社会的制裁を受けているのだからネタを小出しにして波状的に攻撃し続けるのは、どうだろうか。商業ベースでやっていることだろうが、週刊誌の掲載手法はあまりに非情ではないのか。子供がいて夫がいて・・・そんな事は一顧だにしないのだろうか。 
 今回の報道から色々のことを考えさせられたが、運動家の立場からは彼女の地元での活動量のすごさである。自民党の議員でここまで日常活動を展開している人はそうはいないのではないか。特に、毎晩、選挙時でもないのに国会から帰って10軒以上の訪問活動をするという努力は評価できる。自民党の勢いがある中でも尚、この活動は頭が下がる思いである。 
 さて、本題の政治家の資質についてである。私の私見だが民主党が政権をとる前後の民主党議員の知的レベルは、この50年ほどの野党のなかで最も高かったのではないか。政権政党には自ずから人材が集まりやすいが、野党においては一流の人材はそうは集まらなかった。しかし、政権が変わるのではないかいった状況・空気の中で各界の有能な若い人材が引きも切らず集まってきた。あの時、日本の国会は最も知的レベルが歴史上高かった時ではないだろうか。 
 しかし、いつの時代でも求められている知・情・意が備わった人材であったかは別である。知に優れ、意志力に優れていても情に欠ける事が多かったように思う。言わば人間力がいま最も日本の政界に求められているのではないか。人間観察力、包容力、統率力、先見力、説得力、そして何よりも人間的魅力に溢れた人物の登場が待たれている。

2017.07.05
テニス場への持参品

 週二回のテニスを再開した。高齢者の仲間で作っているサークルに入り楽しんでいるが、頻繁にお菓子を持って行っている様子を見て孫の朱里(あかり小学校4年)が「じーじくんお菓子を持って行かないと、遊んでもらえないの?」と言ってきた。仕方なく「うーん じーじくんへたっぴーだからね」と一応言ったら、かなり納得の表情を見せた。私としては複雑な気持ちで「今言ったこと、謙遜っていうんだよ」と言おうと思ったが、耐えて無言でスルーした。

2017.07.04
驕りの結末

 この1~2年安倍総理の国会での答弁ぶりが気になっていた。野党に攻撃的であったり、不遜で謙虚さに極端にかけているように見えて仕方なかった。それでも支持率があまり下がらず、首をかしげていたのだが一気に都議選で天罰が下った形だ。閣僚の暴言や失言、党幹部の金銭問題などトップリーダーたるひとの振る舞いが組織全体に影響を及ぼしてくることを、安倍総理は帝王学で学べていなかったといえる。個人的には安倍さんを好意的に見てきた私でさえ、このところの態度、空気が生理的に馴染めないでいた。歴代自民党の総理も確かに野党に開き直り攻撃的になったりするが、それはもう解散直前の国会での論議の時に限られていた。 
 翻って、小池都知事、都民ファーストの代表を選挙後直ちに辞めてしまった。これは驕りの始まり、と見るのは早計だろうか?

2017.07.03
都議選結果について

 国会選挙は中央の世論により大きく影響を受けることとなり、平均的には7割ほどがその時点のトレンドにより勝敗が決定づけられることとなる。都道府県選挙は、5割ほどと思ってきたが大阪の橋下さん、東京の小池さんのような大スターが出てきたときは、国政並みに7割ほどがいわゆる風で当落が決定されてくることとなる。逆風の時、強風に吹き飛ばされないようにするには、相当な自助努力が必要とされてくる。必敗を覚悟で最後まで戦いきった、民進党の候補者の方々には運動家として心より敬意を表したいと思う。

2017.07.01
都議選の予想

 告示日に四か所の事務所に顔を出して私の支援活動を終えた。私のやるべき役割は終わったと思ったからである。延べ11日間の応援活動だった。 
 さて、愈々明日が投票日であるが、自民党はマスコミが事前に報じていた以上の惨敗に終わるのではないか。その分、都民ファーストが躍進し民進党にも若干の分け前が割り振られるような形で、当初の2~3議席という予想をはるかに上回る議席の獲得も夢ではないかもしれない。民主党OBとしては、そうあってほしいと思う。

2017.06.30
野党共闘の危うさ

 安倍政権の状況にもよるが、今の危機を乗り越え再び支持率が回復してくるとすると、安倍総理は野党間にくさびを打ち込むかのように憲法改正か否かで衆院解散総選挙に打って出てくる可能性が高いのではないか。今時点で安倍総理はそう考えているのだと私は思う。そうなると民進党は党内の意見をどう集約し意見を一本化することができるか極めて難しい局面に立たされるのではないか。結果して、野党共闘に民進党が参加できる可能性は限りなく低い。与党案に反対の一点を持って野党が纏まるとは考えにくく、仮に共闘がなったとしても民進党への国民の信頼は大きく損なわれるのではないか。 
 共産党系市民団体の呼びかけに積極的に対応している、民進党の現職及び新人の候補予定者にとって、いざ選挙のその時、集会参加等の共闘参加が返って有権者の反発を買うことにもなりかねない。共産党候補の立候補見送りの期待が適わず、容共の烙印を捺されるという二重のリスクを負っているのだという自覚は少なくとも持っておかなければならない。 
 そうはいっても候補予定者の思いは目先の打算に走りやすく、その心情は議員経験者として痛いほどわかるのだが。

2017.06.28
豊田真由子議員のこと

 一連の報道で考えたあれこれの中で、議員の子供さん及び家族のことがあった。どこに住んでいるのかは分からないが、もう引っ越さざるを得ないのではないか。議員も体調不良に陥っているが、彼女のご家族も精神的ショック、周囲の冷たい目にさらされ深く傷ついていることは想像に難くない。個人的には、ご家族の苦悩には同情を禁じ得ない。 
 もう何年も前から地元や、議員会館の中では彼女の言動についてはかなり噂になっていて、いつかこんな事態も起こることは予想出来た。だから知る人ぞ知るで地元政治通の人にとっては驚きではないだろう。 
 テレビ報道で「国会議員ともあろうものが・・・」といった評論が多いが、その議員を選んだのは国民であり、なかなか人間性まで見えにくいということはあるが、見てくれや、学歴・経歴だけで投票することの危うさを今回の事件は指し示したということもできるのではないか。政界に身を置いてきた立場から言わせて頂ければ、政界だけに限らず、言論界、教育界、学術界、芸術界、そして宗教界も含め聖人君子ばかりの世界など実はありはしないだろう。どの世界であれ私の見聞きしてきた経験からは、良い子、悪い子、普通の子の割合は、ほとんど変わらないのではないか。政治家を選挙で選ぶとき、投票者のその時点で選ぶ基準の優先順位に沿って投票するしかないだろう。政策能力なのか、人柄なのか、政党なのか、まとめ上げる力なのか、見てくれなのか・・・全てを兼ね備えた人は残念ながらいないのだから。「国会議員なのだから・・・」という批判は、解わかっている真実から目を背ける常套句ではないのか。 

2017.06.27
小林麻央さんのこと

 キャンディーズの田中好子さんもそうだったが、死の直前まで他人の幸せを祈るようなメッセージを発信し続けていたことは凄いことだと思う。特に小林さんは34歳という若さ、幼い子供を抱えている状況の中での発信であり、親子ほどの年齢差がある69歳である私の年齢であってさえ、学ばされたり、同病の立場からも励まされる思いがしていた。何とか奇跡的なことが起こってくれないものかと思い続けてきたが、残念である。
 彼女のブログの中で「たった一度の人生だから」という箇所があるが「何度でも繰り返される永遠の生命の営みの中の一時でしょう?」と今、彼女には発信しておきたいと思うが、最後まで美しく生き抜いた人生を私たちに見せ切ってくれた行為に心より感謝したいと思う。ありがとう。


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