山根りゅうじ|川越市政をガラッと変える市民の党|元参議院議員 元外務副大臣

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トピックス

徒然に一覧

2016.11.29
市長選辞退の件

 この度、健康上の理由により川越市長選に立候補することを取りやめさせていた頂くこととさせていただきました。ご支持いただいてきた皆様には心よりお詫び申し上げます。今後は一政治活動家として若い皆さんの応援団員の一員として頑張っていきたいと思います。

2016.11.13
ホームページの刷新

 今日から画面が一新された。動画もこれから随時変えていきたいと思っているが、どこまでできるか心もとなくもないが、何とか頑張っていきたい。情報化時代に取り残されないように頑張るつもりだ。メルマガは平日、国会議員の時11年間書きつづけてきたが,いろんな人から誰かゴーストライターがいるのではないかと疑い続けてこられた。しかし、読んでいただければわかるように、すべては私自身で書きつづけてきたものである。
 フェースブック、ツイッター、ブログの三点セットでできるだけ頑張ってみようと思う。

2016.11.11
恩着せがましく、押しつけがましく

 私が市議会議員の時、ほぼ同年代の議員数人と飲み会で話していて、どのくらい家で家事をやっているかという話になった。ほとんどの人がやっていないにびっくりした。子育てのことについても、まだ赤子だった史子や息子のオムツ替えのことを話したら皆、驚いていて誰も汚物処理をしたことがないと言っていた。自分では当然のことと思っていたのだが、「俺って結構、家庭的なんだ」と思ったことを憶えている。思い返してみると、私の場合、母がずっと病弱だったので絶えず母の体が気がかりだった。そこで、小さいころから母を助けたいとの思いから、自然と家事を手伝うようになっていったという事情がある。 

 今ではごみ処理、犬の散歩、皿洗いは私の仕事となっているが、子供たちに時々、感謝させておきたいという邪な心が芽生え「親孝行、したいときには親は無し。するなら今でしょ」といったメールを何度か送ったことがある。 

 妻には今朝、「お風呂はきれいに洗ってあります。栓も閉じているので、あとはボタンを押せばOKです。 優しい夫より」とメモを置いて家を出てきたが、素直に喜んでもらえるだろうか。

2016.11.07
身に染みた感覚

 ビラ配りはもう49年やっている。車で走っていてもマンションを見ると「ここなら、ビラx枚は配れるな」などと瞬時に考えてしまっていることがある。道端のゴミ拾い経験はまだ5年ほどにしか過ぎないが、朝だけだが犬の散歩のとき毎日拾っているので、道を歩いていてごみを見ると一瞬拾おうと本能的に反応してしまっている。もちろん普段、昼間に用事で歩くときは、ごみ袋の用意をしているわけではなくスルーしているが、こころがひっかかっている。 

 国会議員となって2~3年してからだったが、小銭の財布を持たないようにした。ものを買ってその釣銭をそのままポケットにいれ、そのお金を大きな瓶に貯金しておきいっぱいになったら10程の福祉団体に寄付させてもらっていた。公選法の関係もあり寄付先は埼玉ではなく東京に本部を置く国内外の団体であった。今でも寄付要請のお手紙を頂くが、国会のバッジを外してからは地元に寄付先を変えたので心は痛むが従来の団体から切り替えさせてもらっている。何人かの人には、お金への過渡な執着から離れられる効用があると勧めたことがあったが、もしかしたら自慢話と受け取られてしまったかもしれない。年金生活の今は大した金額ではなくなっているのが、さびしくはある。 

2016.10.30
空気の変化

 昨日は霞が関地区の拝聴の会を開催。地元問題で様々なご意見を頂くことができた。これから本格化する政策づくりに活用させて頂きたいと思う。

 今日昼の川越駅駅頭の活動で今までとかなり違った反応が出てきているように思えた。励ましのお声を掛けてくださる数と内容が違ってきているのだ。数は大きく膨らんできているし、励ましもかなり熱い方が多くなってきている。来年1月の選挙がちかずいて来ているからなのだろう。 

 これからの三か月は、緊張と興奮で目まぐるしく時が移り、不安と自信があざなえる縄のように・交互に訪れてくるのだろう。いよいよ本番近しだ。

2016.10.27
小林麻央さんのブログ

 時折伝わってくる麻央さんの言葉に胸が詰まることが多い。娘の史子とは1学年しか違わないお姉さんになるが、なんとしっかりした方なのだろうかと感心する。死への恐怖を抱えながら、気丈に明るくユーモアを忘れず生き抜こうとの姿勢に心を揺り動かされる。 

 先日、友人に麻央さんのことを話したら、乳がんで余命4か月と言われた女性が摘出手術もせず、というかできず投薬でそれでももう14年何事もなかったかのように元気に仕事をしている人が身近にいますと聞かされた。抗がん剤がドンピシャと合えば、麻央さんの全快も十分可能なわけで何とか何とかと祈らずにいられない。 

 歳を重ねると誰しもの人格が向上するということは全くなく、人のことは言えないが頑固な人は頑固のままで、讒言など人の悪口を言う人は言い続け、意地悪な人は意地悪なままで臨終を迎えることが多いように思える。一方では年が若くとも麻央さんのような人がいて世の中に光を注ぎ続ける人もいる。人格は必ずしも年齢と比例するものではない、麻央さんの言葉からそんなことを考えさせられている。 

2016.10.25
政治の恐ろしさの実感

 アメリカのトランプ氏、フィリピンのドゥテルサ大統領の出現は自由主義陣営一般大衆に政治の、あるいは政治家の怖さを生々しく実感させることになったのではないだろうか。 

 ドゥテルサ大統領は日本訪問を機に少しずつ軌道修正してくるに違いないが、アメリカにとってやはり日本を軸にしないとアジア外交は成り立たないと改めて認識することとなったのではないだろうか。 

2016.10.24
寝顔

 朝4時から5時の間に私は大概、起床する。目が覚めると布団の上で先ずは屈伸運動をしているが、寝室で一緒に寝ている小6のハナと妻を起こさないように当然、静かな動きに徹している。ここで時々、二人の顔を凝視したりすることがある。ハナはまだあどけない顔をしているが、目を覚ましているときの様と比べてなんと静かな顔立ちでいることかと、幼い時の表情を思い出しながら感慨に浸ったりする。 

 妻の顔をじっくり見ることはあまりないが、どんな夢を見ているのか、疲れているのか、健康はどうだろうか、といった目でこのときはチェックしたりしている。私が起きて階下へ行くとハナの足元でいつも寝ている猫のチャチャが必ず私についてくる。お腹を空かせてのことだろうが、この時だけはハナに代り私が主人になっている。ハナは明日の払暁、どんな表情をしているだろうか。

2016.10.23
登山家 田部井淳子さんとの思い出

 もう何年も前のことになるだろうか。川越在住である田部井さんに地元から衆院選の立候補をお願いしたことがあった。私が民主党の県連幹事長をしていた時のことである。何とか川越在住の人を、との思いで要請させて頂いたのだが当時、大学で教鞭をとっておられタイミングが悪く断念せざるをえなかったのを思い出すことができる。それ以降、一度もお会いすることもなく終わってしまったが、川越市民としても寂しいものがあります。ご逝去に心からお悔やみ申し上げます。 

2016.10.14
ノーベル賞について

 ノーベル平和賞を政治家に授与することはやめた方がいいと、ずっと書いてきた。それは僅かな時で政治家の評価がガラッと変わる可能性があるからだ。政治家は平和賞の対象から外すべきだという思いは今も変わらない。政治家がノーベル賞を意識するようになったら、結果としてそれが凶と出てしまうことさえあるのではないか。今回の受賞にケチをつけるつもりは全くないが、政治家は歴史に評価されれば十分なはずだ。事務局はメッセージとしての意味を強調していたが今までも首をかしげたくなるような授与があり、長い目で見た時偏頗な評価がノーベル賞の権威を下げることになりはしないか。
 文学賞の方は私も村上春樹さんを読んでいてファンの一人として、今年も残念だけれどまた来年に希望を持って繋いでおきたい。 
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