山根りゅうじ|川越市政をガラッと変える市民の党|元参議院議員 元外務副大臣


トピックス

2016年10月の記事一覧

2016.10.31
反日の代償

 中国も韓国も政治が行き詰まってくると、反日を国民に煽り国民の、目をそらせることをするが、半年や一年もすると必ず今度はその刃が自国政府に向かうこととなるから不思議だ。朴槿恵大統領の今もなんとなく予感できたような感じだ。今回の民間人への情報漏洩事件は、様々に報じられているが民間人パソコンを報道機関がどうやって入手したかの報道は全く聞こえてこない。そこに組織的関与があったのか否か、私は気になっている。 

2016.10.30
空気の変化

 昨日は霞が関地区の拝聴の会を開催。地元問題で様々なご意見を頂くことができた。これから本格化する政策づくりに活用させて頂きたいと思う。

 今日昼の川越駅駅頭の活動で今までとかなり違った反応が出てきているように思えた。励ましのお声を掛けてくださる数と内容が違ってきているのだ。数は大きく膨らんできているし、励ましもかなり熱い方が多くなってきている。来年1月の選挙がちかずいて来ているからなのだろう。 

 これからの三か月は、緊張と興奮で目まぐるしく時が移り、不安と自信があざなえる縄のように・交互に訪れてくるのだろう。いよいよ本番近しだ。

2016.10.28
女性パワーに押されて

 今朝の駅頭活動は女性3人と私で展開。これは華やぎがあり気分よく盛り上げを頂けた。大きな駅ではやはり人手が必要であり、4人での駅立ちは有り難い。この中には、娘の史子も含まれている。今までは、娘さんはどうしていますか、と聞かれ言葉に窮していたが、民進党が自主投票を決定したので私への支援が堂々と行えるようになってきた。今朝は鶴ヶ島駅だったが、鶴ヶ島市民と川越市民の方がこの駅を利用されておられ「私は川越市民ではありません」ともいわれたりするが、出来るだけすべての方に朝のご挨拶をさせて頂くことにしている。 

 何処までできるかわからないが、笑顔と元気を通勤、通学の方に向けさせていただくのが駅立ちの一番の意義、とスタッフにも話している。たかが駅立ち、されど駅立ちである。

2016.10.27
小林麻央さんのブログ

 時折伝わってくる麻央さんの言葉に胸が詰まることが多い。娘の史子とは1学年しか違わないお姉さんになるが、なんとしっかりした方なのだろうかと感心する。死への恐怖を抱えながら、気丈に明るくユーモアを忘れず生き抜こうとの姿勢に心を揺り動かされる。 

 先日、友人に麻央さんのことを話したら、乳がんで余命4か月と言われた女性が摘出手術もせず、というかできず投薬でそれでももう14年何事もなかったかのように元気に仕事をしている人が身近にいますと聞かされた。抗がん剤がドンピシャと合えば、麻央さんの全快も十分可能なわけで何とか何とかと祈らずにいられない。 

 歳を重ねると誰しもの人格が向上するということは全くなく、人のことは言えないが頑固な人は頑固のままで、讒言など人の悪口を言う人は言い続け、意地悪な人は意地悪なままで臨終を迎えることが多いように思える。一方では年が若くとも麻央さんのような人がいて世の中に光を注ぎ続ける人もいる。人格は必ずしも年齢と比例するものではない、麻央さんの言葉からそんなことを考えさせられている。 

2016.10.26
Hello world!

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2016.10.26
候補者の心理

 自身の選挙は、衆院比例選を除き実質的には9回を数える。現役で再選に臨む選挙は大概、選挙結果を予測できるが、市議会から県議会へ 県議会から参院へ舞台が変わった時、自信をもって挑戦しているつもりなのだが、時折、不安が顔をのぞかせてきたものである。日々、一喜一憂、状況は一進一退。自信と不安が交錯している。しかし、これがたまらない。自分を客観視して自身の人生ドラマを見つめているもう一人の自分と今日も語り合っているが、話が尽きない。 

 

2016.10.25
政治の恐ろしさの実感

 アメリカのトランプ氏、フィリピンのドゥテルサ大統領の出現は自由主義陣営一般大衆に政治の、あるいは政治家の怖さを生々しく実感させることになったのではないだろうか。 

 ドゥテルサ大統領は日本訪問を機に少しずつ軌道修正してくるに違いないが、アメリカにとってやはり日本を軸にしないとアジア外交は成り立たないと改めて認識することとなったのではないだろうか。 

2016.10.24
寝顔

 朝4時から5時の間に私は大概、起床する。目が覚めると布団の上で先ずは屈伸運動をしているが、寝室で一緒に寝ている小6のハナと妻を起こさないように当然、静かな動きに徹している。ここで時々、二人の顔を凝視したりすることがある。ハナはまだあどけない顔をしているが、目を覚ましているときの様と比べてなんと静かな顔立ちでいることかと、幼い時の表情を思い出しながら感慨に浸ったりする。 

 妻の顔をじっくり見ることはあまりないが、どんな夢を見ているのか、疲れているのか、健康はどうだろうか、といった目でこのときはチェックしたりしている。私が起きて階下へ行くとハナの足元でいつも寝ている猫のチャチャが必ず私についてくる。お腹を空かせてのことだろうが、この時だけはハナに代り私が主人になっている。ハナは明日の払暁、どんな表情をしているだろうか。

2016.10.23
登山家 田部井淳子さんとの思い出

 もう何年も前のことになるだろうか。川越在住である田部井さんに地元から衆院選の立候補をお願いしたことがあった。私が民主党の県連幹事長をしていた時のことである。何とか川越在住の人を、との思いで要請させて頂いたのだが当時、大学で教鞭をとっておられタイミングが悪く断念せざるをえなかったのを思い出すことができる。それ以降、一度もお会いすることもなく終わってしまったが、川越市民としても寂しいものがあります。ご逝去に心からお悔やみ申し上げます。 

2016.10.21
小学校6年の孫 和解宣言

 別に仲が悪いわけではないのだが、私への言葉がきつかったりしていることを自分でも自覚しているのだろう。「この頃ハナ、ジジ君に優しくなってきたでしょ」と急に言ってきた。本音を言えば、あまり変わってきたとは思えないが、そうも言えず「うんありがたいね」と取りあえず言っておいた。私自身も反抗期の時、母にはかなりきついことを言ってきたのを憶えている。後悔、反省を繰り返したが、あの時期、自分でも抑えきれず乱暴の言葉が、どうしても口から出てきてしまっていた。だからハナの「くそじじい」や「死ね」の言葉を浴びせられても、どうということはない。むしろ「お前こそ おしっこたれじゃないか」などといって楽しくぶつかり合っている。 

 いつまで反抗期が続き、私とハナの口論が続くかわからないが、今をしっかり楽しんでおこうと思う。 


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