山根りゅうじ|川越市政をガラッと変える市民の党|元参議院議員 元外務副大臣


トピックス

2016年4月の記事一覧

2016.04.30
拝聴の会 成功裏に終了

10 ある川越ブロックのうち 3
ブロックの方々にお集まりいただき、地域の様々な問題やご意見をお伺いするという趣旨で企画させていただいた「拝聴の会」は、多くの皆さんにお集まりいただき種々の問題提起があり、盛り上がりとても有益だった。古谷、南古谷、芳野の地域は皆、基本は農業エリアであり、地域の抱える問題に共通性が多いところだ。そこでいただいたご意見は、地域開発という大きな問題がらみの事であった。また障害者の方々のスポーツ振興策、福祉など幅広いものであったが、市職員と議員の定数を半分にすべしというご意見もいただいた。それぞれ精一杯御答弁させていただいたが、熱い質疑応答となりあっという間に時間が過ぎて行った。
 5月は高階地区を予定している。
 CAT:9

2016.04.29
三輪オートバイの運転作法

 時速30キロを出すのがやっとだったが、漸くこの頃では広い道なら40キロも出せる勇気が湧いてきた。それでも安全第一で走っているので、ほかの車とスピードを競うようなことは無い。私のバイクは真紅のペイントなのでピザ屋さんか郵便配達のバイクと見間違えられることが多く、どうせスピードを出しはすまいと見くびられているのか、50CCのバイクもあっという間に、私を抜き去っていく。もうわたしは、どうぞどうぞの寛容の心で見送っている。
 CAT:1

2016.04.28
情報、人脈の有難さ 

 旧知の政治家のパーティーで増田寛也元総務大臣の講演を聞かせていただいた。野田内閣で一緒に籍を置いていたつながりもあり、講演の後、一度防災都市づくりの事でお話にお伺いしたい、と取り急ぎ申し入れをし、お互い連絡先を交換させてもらった。
 30年以内にM7級の首都圏直下型地震が起きる可能性が70パーセントといわれており、我々もその対策は、今から怠りなくやっておかなくてはならない。日本創成会議議長でもある増田さんからは、防災や人口減少問題でも多くの示唆を頂けるものと思う。相変わらず多方面で有能な才能を発揮している氏の活躍から目を離せないが、川越に種々加担していただきたいと思っている。

2016.04.27
政治家のネット情報の危うさ

 このところ地方議員も含め政治家のスキャンダルを超えていくつかの事件が起こっている。その政治家を支持し投票してきた人たちの落胆は大きいにちがいない。人となりをどうして見抜けなかったのだろうか、との後悔の念は消せずにいるだろう。政治家に直接触れたりする機会もなく仕方ない面があると思う。政治家の側からは、フェースブック、ツイッターなどで自分がいかに庶民的で活動的であるかをどう伝えるかに腐心しているわけで、嘘はないが誇張は免れない。そこに合成の誤謬が生まれ、少しでも本人に触れてきた者なら誰しもにわかる程度の真実でさえ見分けられなくなる土壌がある。
 例えば、政策作りの会合に出席している写真をアップしたとして、その政治家が会議までに多大な準備をしてきた人であるのか、写真だけとって会議を直ぐに退席していたのかを判断することはできない。しかし、アップされた写真を見ると「A先生は頑張っているな」と誰でもに同じ評価をしてしまうこととなる。
 ネットはある一面を伝えてはいるが、必ずしも真実を伝えるツールとはなりえないと理解しておくことは賢明だと私は思う。できれば本人を駅頭活動をしている際になど真近に見ておいたり、少し長い書き物があれば目を通すなどしておくことで,つんのめったような判断を避けることはできると思う。

2016.04.26
初めてのROFT

 久しぶりの渋谷である。初めて欧州の街に行った時のような妙な興奮を覚え、お店のウィンドウをきょろきょろし通しだったが、結局案内されたROFTだけで買い物をすませた。買ったものは小学生の孫向けのものばかりとなった。実際、二人の孫をここに連れて来たらどんなに興奮するだろうか、などと考えながら店内を夢中で歩いた1時間だった。
 昨日の渋谷の主目的は買い物ではなく、都市づくりの専門家のT氏と会い川越の街づくりについてアドバイスをいただくことだった。渋谷にも近く超高層のビルが林立することになっているのだそうで、大きく街が変貌するらしい。そんな渋谷での新しい川越街づくりの論議は弾んだ。いずれ私の政策の中に反映させることとなる昨夜の話の意味は大きいものとなってくるかもしれない。

2016.04.25
雑感

 市議会議員時代の記憶で不確かだが、川越市内の神社仏閣の数は60~70程だったと思うが、市内をくまなく歩いていると其処かしこに林の中などにひっそりと小さな祠を散見する。静かに拝礼して退いてくるが、中にはいわれのあるところもあって今更ながら、川越の歴史文化の厚みというか、深みを味あわせてもらっている。「何事が御あしますかは知らねども
忝さに涙こぼるる」と、伊勢神宮を参拝した江戸時代の高僧がうたっていたことを思い起こすが、川越は見える、あるいは見えざる力に守られているいるようにも思えてくる。
 林の中を一人佇んでいるとまだ幼子のような数匹の蜂が、ヘリコプターの羽のように本体を見定めることができないほどブンブンとはねを震わせ空中に暫時静止し、すっと身の丈の30~50倍もある距離を
瞬間移動していた。暫し異次元に身を置き動植物に励まされる時を得るのもオルグの中の楽しみのひとつである。

2016.04.24
芳野の風景 

 もう田植が終わっている農家もありびっくりである。以前は麦も作っていてそのあとの田植えだったので、こんなに早くはなかったという。水を川から引いてくる家と地下水をくみ上げている家があるが、井戸水の農家が早いのだそうだ。まだ寒暖が交互にやってくるこの時期に大丈夫なのか気になるが、プロのやられていることなので余計な心配は要らないだろうが。
 芳野地区には、私と同期の昭和54年初当選の市議会議員お二人がいた。井上精一さんと江田としおさんである。井上さんはすでに他界され、江田さんは市議を辞されてからも今も元気で種々活躍されている。お二人とも市議を離れて20年以上になるはずだが、今でも実積と人柄の評価が高いのには驚かされる。「私は井上さんと江田としおさんと同期なんです」と水を向けると堰を切ったように、古き良き思い出話が皆一様に溢れてくる。20年も昔の議員の評価が今も口をついて出る例はあまり聞かない。
 井上さんといえば当時、議員野球で生まれて初めてバットを持ったというので握り方を教えてあげた記憶があるが、ようやくバットにボールが当たったと思ったら一塁ではなく三塁に走っていったことがあった。地元の人も見に行っていたのだそうで、そのことも懐かしそうに話す人がいたが地元の誰からも愛されていた精ちゃん(井上さんの事を誰もがそう呼んでいた)は精一杯の人生を全うされた方だと思う。

2016.04.23
募金活動への賛否について

 芸能人の募金やボランテア活動に対してネット上で批判が殺到しているという。唯々、売名行為という一点をとらえての攻撃のようだ。杉良太郎さんは自身の同様の攻撃に対し、「そう売名行為なんだよ。みんなもどんどんやろうじゃないの」と開き直ったそうだ。私は海外で氏が旧日本兵の慰霊碑をあちこちに建立したり、思想信条を超えた奉仕活動をしているのを見聞きしてきて、つまらぬ誹謗中傷がドーンとすっとんでしまうほどの事業数と金額の前に誰も正面切った批判などできはしまい、と思っている。氏はスケール大きな人だと思う。杉さんが言うように、開きなおって熊本支援をどんどん私もやっていきたいと思う。
 何年か前のメルマガに書いた記憶があるが、俳優の鶴田浩二さんは特攻の生き残りではなく、見送った整備兵だったという。はっきりと自分は特攻だったとは言わなかったと思うが、そう思われても仕方ない微妙な表現をしていたのを私自身覚えている。特攻の生き残りの人々は事実を知ってはいたが、それを生前明かすことは無かったと思う。皆、鶴田さんの遺骨収集等の奉仕活動が、本気で徹底していて感謝の思いで満ちていたからの容認だったのだろう。
 御両人の真心と批判を吹き飛ばす徹底ぶりが」に頭が下がる。

2016.04.22
芳野地区の人々

 現在の川越市は元々の川越と隣接する9つの村が合併してできた市域を擁している。私の住む南古谷も農村知域であったが、芳野は川越で最も農業の占める割合が高いところである。田畑の面積、収入に占める農業の割合は川越で一番高いのではないか。
 今ここをバイクを走らせてオルグさせてもらっているが、とてものどかでここだけは時間がゆっくりにしか進んでいないように体感している。癒されているような、穏やかな空気に包まれているような感覚がうれしい。

2016.04.22
初夏の風

 バイクで風を切ると、頬を走る空気に初夏の気配が感じられる。玄関の軒下に数年前から作られているツバメの巣にどうやら卵が今年も産み落とされたようで、親鳥が巣の淵からこちらをじっと見つめていた。我が家の庭の藤棚の藤の花もすでに見ごろを迎えている。あさきテニスクラブの庭の木々の葉も日増しに数をまし,1葉1葉各々が赤子が両手を大きく広げるように葉の面積を広げている。小枝と小枝の間には、所々に蜘蛛が巣を張り始めてきた。いよいよ初夏の到来である。
 体の奥のほうからわくわく感が漲ってきている。季節の勢いに便乗しようと思う。


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