山根りゅうじ|川越市政をガラッと変える市民の党|元参議院議員 元外務副大臣


トピックス

2015年10月の記事一覧

2015.10.31
五郎丸選手のこと

 ラグビーは近い将来サッカー人気を凌ぐことになるのではないか。野球やサッカーと違い間合いが短く、息も抜けないほどの迫力、緊張の連続である。私も含め多くの国民はこんなスポーツがあったのかという驚きであった。
 さて、大人気の五郎丸選手のテレビ出演が不自然なほど少ない。根拠のない憶測だが、これは彼の人柄によるものなのかなと私などは考えてしまう。彼が出演することでほかの選手の出番が少なくなってしまうのでは、あるいは自分だけが目立ちすぎてしまうかも、といった気遣いがあるようなきがする。だとすると彼の人気は益々うなぎ上りとなってくるのだろう。

2015.10.30
松本剛明 元外務大臣の民主党離党に思うこと

 明治の立役者、大久保利通の血を引く松本さんの離党はとても残念な思いがする。学歴も血統も申し分のないエリートでありながら全く偉ぶることなく、人への気遣いを持つひとであった。民主党政権で外務大臣を務めたが、日本外交の舵取りを官僚主導ではなく政治主導でやろうとされ大臣、副大臣、政務官の5人で種々の外交案件を徹底して協議したうえで決めていくという手法を採られていたと聞いている。4人の民主党政権での外務大臣がいるが大臣の個性、考え方によって外交の運用は全く異なっていたと思う。
 離党の本音の原因は解らないが仮に自民党に行くとしても、いばらの道を歩くこととなるかもしれない。行く末はわからないが社会党から自民党に移り鈴木善幸さんのように総理になった人もいることも事実だ。
 こういった場面で後から名前が出てくるのは、二階俊博さんである。あるいはこの方が後ろ盾になっているのだろうか?今の政界では後輩への面倒見のいい数少ない政治家であり人望が厚い人なのだが・・・
 CAT:9

2015.10.29
共産党の連合政府構想について

 昨日、民主党の党員・サポーター集会が開かれ岡田代表がスピーチで「政策に大きな違いがあり、連合政権になったとしても直ぐに分裂するようなことになるのだから連合政府を前提にせずに選挙協力の話をするべきではないか。特に参院選挙では1人区の調整が大切ではないのか」といった話をしておられた。
 先に行われた宮城県議選挙では、共産党が倍増し民主党が二議席減らしたことを見れば私にはこの構想は、共産党を利しわが党に不利益となるように思えてならない。仮に参院選で若干の議席を増やしたところで、長い目で見れば大きな、というより決定的なイメージダウンになるのだと思う。
 共産主義の本質、あるいは世界史的に歴史を俯瞰すれば、連立政権を取るまでは物分りよく協調的だが、一度、単独政権を取ると牙をむきだし何万、何十万という人々を虐殺してきた歴史に目をつぶるわけにはいかない。
 日本共産党も未だ‘敵の出方論‘を変えていなかったのではないか。つまり暴力革命を否定してはいない、というのが私の認識である。天皇(制)についても、今回の日米安保容認についても、一時的な受け入れ表明であって肯定ではなく、ましてや積極的な評価、容認ではないことに括目しておく必要がある。

2015.10.29
旭化成建材問題と公共工事

 杭打ち工事の不正報道から私がずっと気になっているのは、公共工事は大丈夫だろうか、という心配である。埼玉県内だけでなく全国的にも入札が不調に終わっているケースが頻繁に起きている。つまり自治体の見積もりでは、仕事を受注しても赤字となりとても取れない、という状況であるのだ。自治体で無理に大手に頼み込んで泣いてもらっているという話が多い。
 幸い私の耳には手抜き工事などの話は届いていないが、業者をそこまで追い込むような状況は避けなければならない。国も自治体も実情を逃げずに見つめ積算の基準を見直す勇気を持つべきではないのか。背に腹は代えられないと、鉄筋の強度や厚みに手を加えるような誘惑を起こさせてはならない。

2015.10.28
仲井眞弘多 前沖縄知事の話

沖縄で何度かお会いしてお話したことがあったが、こちらは講演をお聞きするという立場であったので特にご挨拶することもなく1聴衆としてお話を東京で聞かせて頂いた。
 普天間基地の辺野古移設については苦渋の決断だったというお話の後、県が自分で承認したものを自分で取り消すというおかしなことになってしまった、という事態について苦しい胸の内をご披瀝されていた。”無念”の思いは聞くもの誰しもに伝わってくるものがあった。
 折しも、県の決定に異を唱え政府が代執行の構えを見せているときであり、前知事の話をしわぶきひとつなく固唾をのむように皆、耳を傾けた40分であった。
 ここからは、私の私見であるが翁長現知事がここまで真正面から政府とぶつかってくるともう政治的な落としどころは見つけられないのではないか。最後まで正面突破を貫き司法の判断にゆだねるところまで行ってからでないと、何らかの解決策を模索するという状況は築けないと思う。普天間には3度行ったが、この間、唯々事故が起こらないことを祈るのみである。

2015.10.26
講演の準備と現実

一昨日、以前からご依頼を受けていた講演をさせて頂いたが、事前に考えていた内容とはやはり変わったものとなってしまった。一応レジメを用意して臨んだのだが途中色々なことが浮かび、話が広がりだしてしまった。それでも、演壇に立っていて空気はだいたいわかるものだが、聴衆の皆さんも乗ってジッと話を聞いてくださっていたので結果オーライだったと思う。著名人が月に何度も講演する場合はだいたい同じ話を繰り返していられるが、私のように年に数回となるとその都度勉強をし直すこととなる。講演内容は外務副大臣をしていた時の話や今回の安保法制、中国、韓国との付き合い方といったところである。
 場所は山形の上山温泉だった。鳴子温泉のような大きな温泉街ではないが、静かでおちついた町でお薦めの温泉地である。ご家族で、あるいは素敵な人とゆっくりできそうなところです。

2015.10.23
周近平国家主席の訪英での雑感

エリザベス女王の馬車にまでの同乗は行き過ぎだったのでは、と私などは考えてしまう。キャメロン首相の事実上の措置だったとしたら後世、後悔しないだろうか?記者会見では記者から人権問題について質問があったが、中国の今後は混迷の危機リスクは依然、高いものと私は見ている。いくら経済関係重視といっても馬車に同乗という形で女王までお出ましいただく必要があっただろうか。行き過ぎの感は拭えない。
 国際会議で何度かキャメロン首相とはお会いしているが、いつも自信に満ちエネルギュシュな人という印象で仕事を楽しんでいるという感じである。一方の周主席とは一度もお会いしたこともなくテレビを通して見ているにすぎないが、威風堂々としていて存在感は他を圧している。中国の指導者は13億人を束ねていくという途轍もない仕事をしているわけで、それ故に人物も大きくなっていくのかもしれない。人権問題の質問を受けてもたじろぎもせずシャアシャアと答える姿は並みの神経ではできない。独裁国家や新興国家の指導者に共通する迫力は、国内の闘争において
命がけで登りつめてきた故に身についたものなのだろう。
 生前、昭和天皇の侍従長をされていた入江さんは「陛下との会談を終えられてくると皆さん穏やかなお顔で出てこられるんですよ」と語っておられるが、別格の人格をお持ちだったのだろう。正に玄徳というものだったのかもしれない。

2015.10.22
初恋の心に似て

朝の犬の散歩コースでは、孫の通学路と重なる距離が200メートルほどあり時折、偶然を装って花美と朱里の通学の様子を見たくて時間を合わせて出くわす事を図ったりしている。これがしょっちゅうだと心を読まれ「きもいから来ないで」といわれるだろうから週に1度位にしている。他の子供達の中にいる二人の幾分緊張した、家では見られない姿を
見るのは新鮮で味わい深い感慨がある。
 まるで青春の時、密かに思いを寄せた人に時間と場所を考え抜いて、偶然の出会いを画策していた頃のようだと我ながら可笑しくもあるのだが、今の暮らしの中で私にはこの僅かな一瞬が格別な時間となっている。今朝もその一瞬を満喫した。
 CAT:9

2015.10.20
過去の責任

高木復興大臣が30年前に起こしていたか否かという、下着泥棒疑惑について定例?の会見で釈明するのをテレビ中継で見たがなんとも息苦しい気がした。私も定例記者会見をしてきた経験があるが、何を聞かれるか事前の通告があるわけでなくかなり緊張するものである。加えて今日の会見では件の問題の質問は想定していただろうが、気が重く圧し掛かっていただろうことは想像に難くない。
 状況証拠的なものがあったか否か判らないが、少なくとも法的に問題はなかったとすれば、30年前の問題を蒸し返していくことが果たして妥当なのだろうか。橋下大阪市長を批判するのに親族の過去を暴き立て、市長の強い抗議で週刊誌側が謝罪・撤回したことを思いだすが、このことを国会で取り上げることは少し慎重であった方が良いのではないか。公人であるからこそ、という論理も成り立つが、一般社会にも影響を与えることもあり得るわけで、過去を背負った人の更生にブレーキをかけるようなことになってはならない。
 わたしは民主党の立場ではあるが、党派を越えて危惧の念を拭えないのだが・・・・

2015.10.17
普通のお爺ちゃんに

子供たちがピアノを弾き続けているので「爺君もピアノを弾けるよ」と言ったら、びっくりした顔をして「爺君弾いてみて」と花美が言うので「うんわかった。よく見ていて」といってピアノの端を
引っ張る真似をしたら、白けた顔をして「爺君、普通のお爺ちゃんになって」といわれてしまった。


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