山根りゅうじ|川越市政をガラッと変える市民の党|元参議院議員 元外務副大臣


トピックス

2014年7月の記事一覧

2014.07.29
孫との語らい

川越水上公園に二人を連れて行った。わたしはプールに入らず目を凝らして見ているつもりだったが、一緒に入ってずっとみんなで遊んでいたいなどと言われ結局、ずっとプールの中で付き合うこととなった。具体的には側にいて見守っていてほしいという思いにこたえることと、浮き輪を必要の時、いつでも差し出せる準備をしておくこと、不要となった時に預かっておくことの二つの役割が私にもとめられた。これは子ずれプールのルーチンでしかないが、二人を見守る中で<あっ俺
今幸せ>なんて久しぶりに刹那一人妙に感じ入ってしまった。

2014.07.29
つれづれに

スタップ細胞事件以来、国民の科学への信頼は揺らぎ始めている。医者がこう言うのだから、科学者がこういうのだから、といった権威付けはもう意味をなさなくなってきた。昨日テレビで健康の問題を特集していた。その中で一日、三食摂るのがよいのか朝抜きで二食摂るのが健康に良いのかを二人の専門家に意見を出させていたが、こういった番組作りは適切だと思う。医学の常識も数十年も経てばガラッと変わってくるのだから、あくまで種々の意見・情報を整理したうえで自分の感性をもって判断、選択をしていくしかないないだろう。スピリチュアルな情報への批判と同様、科学への批判や懐疑は人間社会の発展にとってむしろ好ましいことではないのか。

2014.07.28
政治・経済等 

中国のakb48について
 大丈夫かな、とちょっと心配である。スターを夢見る少女達であり国民の監視下にある意味でなっておりまさか、とは思うが中国最大の現在のタブーとなっている法輪功問題が頭をよぎる。法輪功は当初、健康体操といった意味合いで共産党幹部の家族にまで浸透していた運動でヨガを凌駕するほどの勢いだった。ところが、あまりの広がりに脅威を感じた共産党や政府は組織弾圧に乗り出し幹部の一斉検挙、政治犯としての取り締まりを強化していった。その実態は日本の国会周辺で大量の写真を掲示しビラが配られているので、ある程度知ることができるが想像を絶する残虐な行為が国内では行われているようである。中国政府は一時、この問題に神経を尖らせ国際会議の会場入り口付近で法輪功批判のビラを配りまくっていた。逆にそのことで世界に問題を知らしめる事となったのは、皮肉ではある。各国は中国との経済関係を鑑み目をつぶっているが、中国の大変革時に至ったときこの問題は白日の下に晒される時がおとずれるかもしれない。
 さてsnh48というグループの今後に私が注目するのは総選挙方式を実施したことである。今は芸能界のこととして受けいられているが、それでは政治の場でも何故、実施できないのか、といった風潮が瀰漫してきたとき体制の崩壊につながりかねないとの懸念が持たれ始めたら、少なくとも総選挙方式は当局により取りやめさせられることだけは間違いないだろう。

2014.07.22
つれづれに

犬の散歩には1時間程を要しているが、時間が無いときは30分コースも作ってある。そこは田圃の畦道が殆どだが、いまの季節、カエルが繁殖していて踏みつけないように摺り足で進まなければならないほどだ。脚を擦る音を聞いてカエルは一斉に左右に飛び散るのだが、これが間欠ではなくずっと続くので気疲れする。かといってアソファルトだと暑くて犬の足が火傷しかねない。連日の早寝早起きは日程的に難しく、犬も私も少しづつの我慢と妥協で折り合っている。

2014.07.22
政治経済等

韓国船セウォル号の実質的オーナー
であるユピョンオン容疑者が遺体で発見されたという報道がなされた。しかし、不自然な点が多く韓国社会の複雑な裏事情を想起してしまうのは私だけではないだろう。政官財の極端な癒着構造は先進国ではやはり韓国が最右翼だろうか。これがこの事件と何らかの関わりを持っているとの推察は邪推であればいいのだが。
 一国の最高指導者が嫉妬、虚栄、憎悪の絡んだ感情を巧みに煽り反日を外交の基軸に添えるという国家戦略は愚策でしかないが、結局は中国も同様だが反日のカードはブーメランのように形を変えて自国を棄損することになってくるということをそろそろ両国は気づくべき時でないのか。

2014.07.21
孫との語らい

夏休みに入り連日、二人の友達が遊びに来ている。大いに結構なことだが愈々、親離れ、我が家の場合は祖父母離れがはじまってくるのだ思う。t今夜早速、その兆候を見ることとなった。
 久しぶりに家族で焼肉屋に行き駐車場でのこと。朱里が美樹子と史子の手を取って二人に挟まれるように歩き始めたので、私は花美の手を取って歩こうとしたら避けるようにスキップして先を小走りし始めたのだ。「どうしててをつながないの」とはっきり聞いたら「もう小学生のプライドがあるの」と花美に言われてしまった。そういえば、このところ外ではさり気なく私と手をつながないで済む距離をキープされていたような気がする。

2014.07.15
つれづれに

野々村兵庫県議のこと
  号泣記者会見を見て彼に投票した人々の思い、気持ちはどうだったのだろうか。裏切られた、との思いを持った方が多かったのではないだろうか。政治家の側からは本音はなかなか出てこないが、やはりわたしは有権者の皆さんにはもっと候補者をしっかり見ていただきたいとの思いは消し難いものがある。マスコミはこうした視点からの報道をまったくしていないのは、民主主義の発展の上で好ましいことではない。マスコミが1度だけかどうかは分からないが有権者を批判したのは、田中角栄元首相への投票行為だった。ロッキード事件の後、逮捕され獄中から立候補して当選を果たしたことへのマスコミのやっかみめいた新潟県有権者への批判だった。この報道が選挙という民主主義制度の上で正しかったのかどうか改めて、冷静に検証してみる必要があるとあると私は思うが、有権者の側に問題を提起したことは新たな試みだった。
 さて、 議員間では「あの人はどうも・・・・・」といった人を知っていても口外することはできない。誰の葬儀に出ても、地元なら絶対泣く議員、議会での質問中涙を演技で流す議員。政界では「ここでまた泣くよ」とささやかれ、、見抜かれてしまっている人もいるが、それは有権者に知られず「情の厚い先生」でとおってしまう現実がある。論争能力、政策立案能力、組織運営能力、様々な能力のうちそれぞれの候補者には何の力を認めるのか具体的に考えて投票することが今、改めて有権者に問題提起されているのではないか。
 知、情、意すべてを兼ね備えた政治家はそういるものではない。あくまで相対的な選択とならざるをえないが、見てくれ、学歴、経歴だけを判断基準とすると後々、後悔を招来しかねず、政治家の立場からはバランスのとれた選択を願わずにいられない。

2014.07.15
政治・経済等

滋賀県知事に三日月大造氏が当選した。彼は思想的な私の同志であり、仲間である。頭脳明晰でありセンスもよい。それでいて長幼の序をわきまえ、気遣いのある好青年だから先輩からも可愛がられていた。国会にずっといて幹部への道を歩んで欲しかったとも思うが、知事の選択も悪くなかったかもしれない。それというのも彼は決して人を押しのけて自分が前に出るタイプではないので、陽の目を見るのに今の中央政界では少し時間がかかってしまうかもしれないからだ。
 さて、この知事選挙では民主を前面に出したものではなかったから、民主復活の契機にはならない、との見方があるが果たしてどうだろうか。三日月氏は民主党の前代議士であり有権者は、民主の候補者であることは100も承知だ。とすれば、一時期の様な生理的民主嫌いの風潮は変わってきたきていると、少なくとも言えるのではないか。沖縄、福島の知事選挙で自民が敗北すると愈々、節目が変わることになりはしないか。

2014.07.09
孫との語らい

「爺君お話があるの」と花美に言われ少し緊張して耳を傾けた。
友達のaちゃんが以前「大親友になろうと」といってきて承諾したのだけど、今は他に仲のいい友達もいて今、あらためて確認を求められているが、困っているとの話だった。こういう時は、抽象的な話をしても意味はなく、より具体的な対応策を提案すべきと思い、いくつかの話をした。
 「クラスが一緒になったら又、大親友になろうよ」「みんな花美にとっては大親友だよ」と言ってみてはどうか、と提案したがaちゃんからそのわけを突っ込まれたら反論し切れない、と不安を口にした。同じようなやりとりをするなかで、結局、これからは親友とか大親友とかの色分けをしないように努力することとしたわけだが、、経過をすこし見守っていくしかない。
 花美からの相談は嬉しいが、その解決策をしめすのは結構難しく、当面はじっくり話を聞くことにしたい。

2014.07.05
政治・経済等

中國と韓国の両首脳がが会談し日本を意識して経済や歴史認識の問題で共闘するかのようなメッセージを発信した。嫉妬と憎悪の深層心理から出た日本への
戦略・政策は早晩,破たんすることになるが、このことでより深刻なダメージを負うのは韓国であることを朴大統領はどのくらい理解、あるいは少なくともリスクをイメージしているのだろうか。近隣の大国に主権を蹂躙され続け、屈辱の歴史を持つ半島国家の指導者には心の休まる時はないが、経倫のハンドルにあまり遊びはない。政権維持と屈折した個人の感情で反日のカードを切り続ける先にあるものは国家の混乱と新たなる中国への諂い外交でしかなくなる。
 歴史認識の問題について、韓国は本当に正面から向き合う覚悟をもっているのだろうか。日本の負のパーツだけを取り上げるだけでは、歴史への真摯な態度とは言えない。何故、日本の植民地になる選択をしたのか、あるいはせざるをえなかったのか。中国との歴史・関わりをどう総括するのか、といった問題を避けて日韓だけの歴史を語ることは歴史への冒涜でしかない。一方、中国もまた日中の歴史問題を真摯に議論する気など全くないのではないか。もう、何年も前になるが両国の学者が集まり歴史認識での問題で議論したとき、日本側が中国への進出をはっきり侵略と認めてしまったら不意を突かれてしまったようで、そこから先の天安門事件に話が進むと触れたがらず「もうこの辺で」と共同研究を事実上、打ち切ってしまったとの話を日本側の学者から聞いたことがある。自分たちの都合のいいとこだけを切り取っておきたいという、心が見え見えのエピソードだと私は思った。中韓両国の歴史問題への認識の本音を我々は知り抜いておく必要があるのではなおか。


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