山根りゅうじ|川越市政をガラッと変える市民の党|元参議院議員 元外務副大臣


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大声の訳 

 「山根さんは声も大きく元気ですね」とよく言われるが、これには訳がある。以前、国会議員の時にも書いたことがあったが同居の父親の耳が遠く、大声で話さないと意思の疎通がはかれずやむなくのことであったと。父は明治25年生まれで金さん銀さんと同じ年で私が生まれたときには、56歳を数えていた。一人っ子だった私は母が亡くなると、ほとんど口をきいたことのない父と翌日から二人暮らしが始まるわけだが、食事のこと、帰宅時間のことなどお互い話さないわけにはいかなかった。そこで当時、良質の補聴器もない時代のこと、大声で語るしか方法がなくいつしか誰と話しても大きな声を発するようになってしまった。母が亡くなったとき私は21歳、父は77歳になっていた。
 母の死で暮らしは一変したが、それまで一定の距離が開いたままだった父子の関係が年月を重ねるごとに深まっていったのは、望外の意外な副産物であった。もし母が健在で父を見送っていたのなら、私と父との関係は心が交わることのないクールなもので終わっていたかもしれない。
 それが痴呆も入り、下の世話をまだ国の制度のない時代、私と妻とで数年にわたり介護するまでの父子関係になれたことは幸いなことであった。‘‘大声‘‘もまた私の政治家としての大きな武器の一つにもなった。



2016.06.03|徒然に

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