山根りゅうじ|川越市政をガラッと変える市民の党|元参議院議員 元外務副大臣


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舛添都知事の政治資金問題から

私が代議士の秘書となったのは昭和45年であり、小沢一郎、羽田孜,渡辺恒三
といったそうそうたる政治家が昭和44年に当選されて数か月経った頃である。当時、私が仕えたのは旧民社党の代議士であった。それでも他党の秘書の人たちとも若干の交流はあり、様々な情報は届いていた。衆院の秘書は約3年、参院の秘書は6年勤めてきたので生々しい裏情報とやらも嫌でも耳に入ってきた。
そこで一番感じたのは、与党と野党の政治文化の違いであった。衆議院解散となれば県会議員にはいくら、市町村議員にはいくら、といった金が与党では当然のようにばらまかれていたという。また、秘書も無給で仕える人もいたが皆、世話活動で自ら収入を得ていたようだ。つまり今でいう口ききということだろう。さらに地方議員に立候補する際にも地元代議士にお包みを届けたりするのも当然のこととして行なわれていたようだ。しかし、世間も当時、マスコミも含め政界とはそんなとこ、といった受け止め方をしていて問題視する人はいなかった。政治家と金の許容基準は法律以前に時代の風潮によって大きく変わってくる、というのが本当のところだろう。都知事とは参議院の同期生であり、私にとり身近な人なので批判しづらいが時代感覚が少しずれていたのかもしれない。
世界でも日本でも格差解消の決定打は情報開示にあると思うが、一部の人の醜聞で世間は批判眼で政治家の金銭問題を扱いがちだが、この際、全体を俯瞰しどの程度の政治家を国民は求めその代償として、どの程度の報酬を拠出すべきなのかを冷静に客観的に検討してみてはいかがなものだろうか。



2016.05.14|徒然に

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